人は生まれながらにして完璧な存在だ。障害者であろうが健常者であろうが変わりはない。
それなりに役割があってこの世界に降りてきた。
安倍は人々の目覚まし時計としての役割
障害者は「人のために役に立ちたいと思ってる人たち」の希望を叶える役割
子どもは親に幸せをくれる役割
親は子どもが成長するのを助ける役割
それぞれがそれぞれの役割を果たすだけ。
そこに思考の入り込む余地はないのだ。
だから究極的なことをあえて恐れずに言えば魂に従って生きてきた人であれば「できる事が何一つない人」でもヒトとして完璧な存在として価値があるのだ。
でも思考だけで生きてきた人は「いろいろと器用にできる人」であろうと「時間を守れる人」であろうと「みんなのリーダー」であろうとヒトとして価値は限りなく薄っぺらい。