bulutokのブログ

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ミナソル、と呼ばれていた。異国の女だ。
自ら、女優をしていたといっていた。
いかなる種類の女優なのだろうか、この国へ出稼ぎに来るに
ゆえある女優とは? 
だが、たしかに彼女は美しく、そして女優足りうる程度に聡明
と思われた。
父は、海の向こうの半島に戦争があった頃の、米国の軍役の
ひとりだったという。母親はいずこからきたのか、彼女を生ん
で死んだ。そこまでは言い伝えによる。
ものごころついた時、彼女は母親の姉に育てられていた。19
の年に初めて恋をし、身も世も無く恋こがれたその男には妻
と子がいた、といった。それから何があったのか知らない。
22の年に初めてこの国の土を踏み、この国がバブルといわれ
たそのさなかの頃、東京で二回の契約をこなし、三度目に地
方へ流れた。そのとき僕はミナソルに出遭った。

ミナソルは24になっていた。はじめて僕の前に座ったミナソル
の、上目使いの異様に強い視線に僕はまず射られた。それは
あえて云えば、近来消えた古いタイプの美形、例えばリズ・テ
イラー、あるいはビビヤン・リーなどがそのスクリーン上で恋人
を見染めるときに演技した視線の系統、といったらいいだろうか?
見つめられる側が己の醜さを恥じ、思わず怯んでしまうような、
そして同時にそれを一瞬にして虜にしてしまう視線、少なくも
その時、僕の受けた印象はそのように強烈だった。

見れば、西アジア、セム族系の二重瞼であろうか、その瞳の
奥の神秘的な光、秀でた額、鷹の空に羽ばたくような眉、薄く
尖った鼻と、小さく結ばれた唇、顔全体は神々しく、高貴であり
ながら、しかも妖艶な雰囲気を漂わせている、そして豊かな胸
の谷間を覗かせながら、立った姿は、足首から太ももにかけ
てすがすがしく切り立ち、くびれたウエストと高い位置の臀部、
それらが160cmそこそこの体躯に凝縮されていた。
そのような女を、絵画や写真でなく、目の前の生身の人間と
して見るのは、生まれて始めてだった。完璧に僕は魅せら
れていた。

ミナソルはシンガーだといい、ベット・ミドラーが好きだと

いった。往時、Some people's lives というアルバムが世に

出ていた。
たまたま僕もその歌手の歌を聴き初めていた時だった。

話題はそのことになった。僕はその頃40に近く、ベットの

ような歌手の声の艶をようやく快く感じる年齢に達していた

のだろうか。
一方24歳の女のミナソルの耳に、その中年のアメリカの女

歌手の声がどう響いていたのか、おそらくはよほど違ってい

たのに違いない。一般にそのころ日本へ来ていたシンガーな

どと称する若いアジア系ホステスの間で、ベット・ミドラーと

いう歌手が格別好まれていたかどうか、少なくもそのアルバム

における、いわばネガティヴで都会的なアンニュイ、それから

屈折した叙情が、いわばラテン系の彼らの好み、ないしは理解

の範囲にあったとは僕にはどうも思えない。
だが僕の耳に響いていた、例えば、そのアルバムにあった 
Day and Night, Gift of Love といったような曲の感覚、雰囲気
はミナソルの佇まいの印象と、なにか薄いカーテンの向こうで

揺れる影のように重なった。
 
ミナソルがベットを好きだといったのは、「神がいつも私たちを
見ている(From a distance)」という内容をもったひとつの曲に惹
かれていたからだと、後で知った。だが、そのときはただ、僕は、
その美しい女と嗜好を共有できることだけに熱中した。
というよりも、ベットのいくつかの歌から得ていた「女」という
ものへのイメージ、(無論僕はそれまで、女というものについて
理想なるものは胸に抱いていたが、そして年を取るごとにそれが
次第に陳腐化してくるに任せていたが、)つまりベットの声が僕
のうちに醸し出す一個の女の像が、このときまさにミナソルに

よって具象化され、目の前に展開される様を体験していた、と

いっていい。

僕の生活はその夜から一変した。退屈で、ただ勤勉なだけのなん
の変化もない生活、その生活が死ぬまで続くかと思われていた

僕の人生に、かような美しい女と時間と空間を共有しうる機会

が訪れようとは・・・。
まさに目も眩むほどの展開といってよかった。

僕のそのころの生活を表す言葉といって、特にいうべきことはな
い。漠然と親のはじめた家業を継ぎ、漫然と日々の務めをこなし
ていただけという以外に何かあるだろうか。
不仕合せという要素は一つもない変わりに、日常を超えた胸震え
る体験もない。一人の妻と一人の娘と僕はおのおの別々の生活を
し、無関心と言えるほどに干渉しあうことがない、つまりはそれ
ぞれ自由だが関係は乾燥していた。
そして、その頃、仕事というものは常に向こうからやってくるも
ので、求めるということはなく、苦も無く悠然と食っていけたこ
ろの話だ。
ある既得権があれば、実業能力が特別要求されることもない。
だから、遊興に充てる金のありさまが、その能力に照らしておの
れに適合していたかどうか、いまさら問うまでもない、ミナソル
という存在に相対する僕の存在の意味をふくめて・・・。
だが、そうして立ち止まって自らの足元を眺めなおすには、ミナ
ソルは余りに美しすぎた。

はじめて僕がミナソルと店の外で逢い、ふたりが衆目に晒され
たとき、男たちの羨望の眼差しが否応なく僕らに注がれる栄光

にただただ僕は酔い痴れた。
彼女のすべての仕草、立ち振る舞いが行過ぎるすべての観衆を
魅了していた。僕らはそのとき、天女が降り立ったという伝説
のある浜へいき、天女がその衣を干したという由来のある松の

木のまえに立った。
そこにある碑文を読んで松を見上げるミナソルもまたまさに天女
そのもののようだった。雲を巻き、羽衣をなびかせて、いまにも
空高く舞い上がって行くのではないかと思われた。
東洋の一島国の鄙びた砂浜に降り立ったサモトラーケのニケ! 
スクリーンの上や小説の中でしか体験することのなかった恋愛
がついに現実のものとして僕の上に訪れた瞬間だった。

それからミナソルは波打ち際へ行き、素足になって波と戯れた。
そこは古来より絶景とうたわれたこの国の景勝地のひとつで、
黄金の砂、紺碧の海と空、そうして白銀のように輝く山が、ひと
りの美しい女を包んでいた。いやミナソルひとりだけがその圧
倒的な自然と対峙して、実存していた。それ以外のすべては無
に等しかった、・・・この僕を含めて。

僕は、あの誰もが経験するであろう、恋を知り染めし頃の、輝
かしい年齢に完全にもどっている自分を感じた。月並みにいえ
ば、青春のただなかの激情に突き戻されていた。
そうして当然ながらその後の僕の日常はその類まれな美の化身へ
の、果てしのない献身に費やされることになった。
だが、僕はかってないほどの幸福のうちにいた。
どれほど僕はその店に通いつめたろうか、どれほど彼女に様々の
贈り物の山を届けたことだろうか、すべては、花がほころぶよう
なミナソルの美しい笑顔を見るためだった。

ミナソルは普段は、僕の横に座っているときでも、店で別の客に
酒を注いでいる時でも、伏目がちに、憂いを含んだような瞳を

時々見あげるだけの静かな女だった。だが、遠くで見る時でも、

近くででも、ミナソルの立ち振る舞いのうちにある荘厳な様式

美とでも言うべきものを僕は見た。ミナソルの存在そのものが

静と動の完成といってよかった。完璧だった。

その完璧さはまさに神秘だった。そしてその神秘の佇まいはまた、
美しすぎる女だけがもつなにか故しれぬ悲劇性をも感じさせた。
神話的伝説的な美女を引き合いに出すのが滑稽に過ぎるという
なら、卑近にいって、それはあたかもあのプッチーニのトスカ、
かつはまたヴェルディのヴィオレッタのごとき悲劇性を僕の恋

はミナソルのうちに見た。僕自身、けっしてカヴァラドッシ

でもエドワルドでもなく、平平凡凡たる市井の輩に過ぎないの

にも拘わらず・・・。

秘密めいた女ほど男を魅了するものはない。その背後にある、

見てはならぬもの、触れてはならぬもの存在が限りなく我々を

誘うのだ。
我々はしばしばそれを嫉妬や疑念といった下賎の感覚で覆うこ

とでしか自らを納得させることができない。
僕もその通りだった。僕はミナソルの別の恋、別の男の影に怯

え、そして汲めども尽きせぬミナソルへのおのれの思いに窒息

して喘いだ。
どんな科白もミナソルを称えるのに足りないと思われた。どん

な行動も、この全宇宙に満ちるほどの僕の歓喜を伝えるに足り

なかった。

その逆にミナソルから僕に伝わってくるものは、常に捉えどこ

ろのなく、実体もない亡羊とした夢のような感触であった。こ

の手に触れることはできても、決して永遠に留めておくことは

できない甘くせつない夢。もどかしくも僕の思いはミナソルには

決して到達せず、ミナソルを包む虚空のなかに吸い込まれ、ある

日突然、霧のように失せ去るのではないかと思われた。

ある日のこと、ミナソルは海の見えるレストランの椅子に夕日

を背にして座っていた。

夏の終わりの残照がミナソルの頬を染めていた。
突然ミナソルは
「もう、私は帰らなければならない」と言った。
「どこへ?」と思わず僕は叫んだ。そのとき僕の脳裏に、翻る

羽衣が空の彼方に飛び去る光景が浮かんだ。そしてまた、ある

夭折したフランスの詩人の詩(うた)が・・・
「どこへ?」と、再び僕は訊いた。
「私の国へ!」
ミナソルの向こうに、赤々と燃える夕日の海の彼方に沈む瞬間

を僕は見ていた。

 とうとう見つかったよ、
 何がさ? 永遠というもの
 入陽といっしょに
 去(い)ってしまった海のことだ

 見つめている魂よ
 炎のなかの昼と
 一物も持たぬ夜との
 告白をしようではないか・・・

そのとき僕はミナソルが僕にとっての太陽だと知った。
ミナソルなしには僕の夜は一物も持たぬのに等しい。そうして
この別れはよもや永遠のものになるのではないか、と恐れた。
「あなたの国に僕も行きたい」と僕は言った。
その言葉にはなにも答えずミナソルは、ただ秘密めいて笑った。
そして去った。

 ひとすじの熱情から
 繻子の燠火は
 「あ、とうとう」ともいわずに
 燃え尽きて、消えていくのだ。

再会の約束はなかった。
振り返ってみると、ミナソルと初めて逢ってその別れまで、

二月と経っていなかった。それは途方もなく長い時間のよ

うで、またほんの一瞬のきらめきのごとくにも思われる

不思議な時間だった。

---------------------------つづく
 

むかしおとこありけりそのおとこ身を
えうなき物に思なして京には
あらしあつまの方にすむへき
くにもとめにとてゆきけりもと
より友とする人ひとりふたりして
いきけりみちしれる人もなくて
まとひいきけりみかはのくにやつは
しといふ所にいたりぬそこをやつは
しといひけるは水ゆく河のくもて
なれははしをやつわたせるによりて
なむやつはしと(と+はイ)いひけるそのさはの
ほとりの木のかけにおりゐてかれ
いひくひけりそのさはにかきつはた
いとおもしろくさきたりそれを
見てある人のいはくかきつはた
といふいつもしをくのかみにすへて
たひの心をよめといひけれはよめる
から衣きつゝなれにしつましあれは
  はる/\きぬるたひをしそ思
とよめりけれはみな人かれいひの
うへになみたおとしてほとひにけり
ゆき/\てするかのくにゝいたりぬ
うつの山にいたりてわかいらむと
するみちはいとくらうほそきに
つたかえてはしけり物心ほそく
すゝろなるめを見ることゝ思ふに
す行者あひたりかゝるみちはいかて
かいまするといふを見れは見し
ひとなりけり京にその人の御もと
にとてふみかきてつく
するかなるうつの山へのうつゝにも
  ゆめにも人にあはぬなりけり
ふしの山を見れはさ月のつこも
りに雪いとしろうふれり
時しらぬ山はふしのねいつとてか
  かのこまたらにゆきのふるらん
その山はこゝにたとへはひえの山
をはたちはかりかさねあけたらん
ほとしてなりはしほしりのやう
になんありける)ゆき/\て武蔵のくにとしもつふさ
のくにとの中におほきなる河あり
それをすみた河といふその河の
ほとりにむれゐておもひやれは
かきりなくとをくもきにけるかな
とわひあへるにわたしもりはやふ
ねにのれ日もくれぬといふにのり
てわたらんとするにみな人物わひ
しくて京に思ふ人なきにしも
あらすさるおりしもしろきとりの
はしとあしとあかきしきのおほ
きさなるみつのうへにあそひつゝ
いをゝくふ京には見えぬとりなれは
みな人見しらすわたしもりにとひ
けれはこれなん宮ことりといふをきゝて
名にしおはゝいさ事とはむ宮こ鳥
  わかおもふ人はありやなしやと
とよめりけれは舟こそりてなきにけり