2月17日の毎日新聞。EPAの外国人介護士受け入れに関する記事中、こんな記述がある。
『日本の介護施設関係者は「EPAは使い勝手が悪い」と指摘』。
まったくその通りだ。最大の問題は、記事でも指摘のある「国試に合格しないと強制帰国」となる点で疑いがない。看護師もそうであるが、せっかく多大な労力をかけて育成しても、国試を通らないと全く無駄になってしまう。そもそもEPAとは何の目的なのだろうか。
EPA(Economic Partnership Agreement)。すなわち経済連携協定は、人的な交流を含めた「関税や企業への規制を取り払い、物やサービスの流通を自由に行えるようにする条約のこと」(Wikpedia)である。農水産物や工業製品など、品目は多岐にわたるため、所轄官庁も当然分かれる。アメリカでは通商代表部(USTR)が一本化した窓口を担っているが、日本ではそうした組織がないうえ、もともと「縦割り」的な組織体制となっているため、意見は相当分かれるのだ。
経済産業省などは、「あくまで経済的な対策であって、介護や看護の人出不足対策ではない」としているが、2006年にフィリピンからの受け入れが正式に決まったあと、当時の責任大臣・麻生外務相は国会で『人手不足解消のために(受け入れは)仕方ない』と答弁している。
看護師、介護(福祉)士の不足は深刻だ。2008年5月、東京で開かれた仲介機関「国際厚生事業団」主催の1回目の病院や介護施設を対象にした説明会には、予定の倍、250法人が集まった。現場の人材不足から来る期待感であったろう。
しかし、日本看護協会などの職能団体は、当初から一貫して受け入れを反対してきた。職場を奪われる--。建前はともかく、本音はそこである。だが、もはやそんなことを言っているレベルではないことは明らかだ。前原外務相は今月16日、講演で「一人っ子政策」を取る中国の急速な少子高齢化を踏まえ、「10年、20年のタームで考えたら(看護師らの)取り合いになる可能性がある。その時、日本に来てくれるのか」と指摘し、危機感をあらわにした。
厚労省は、試験対策として、専門用語を平易にしたりルビを振ったりして対応するとした。さらにようやく、看護師候補の滞在期間を1年間延長させる方針を固めたという。これは当然のことだ。
日本は人口減社会となる。このまま推移すれば、国としての威力は徐々に衰退し、経済的優位性も崩れ、外国から人などは来てくれない。医療や介護なども、税収が伸びないなか、報酬増などとても望めない。日本が経済的に国際社会で存在感を発揮していくためには、労働力を常に維持していかなければならない。
経済対策のため、移民を積極的に受け入れた国としてオーストラリア(豪州)がよく知られる。この国は1900年代初頭、「白豪主義政策」を採って移民を制限した。しかし、元々広大な面積を持つ国土の割に人口が少なかった豪州は、やがて経済的に行き詰る。そこで未熟練労働者を移民として積極的に受け入れ始めのだ。1972年には白豪主義が公式に撤廃され、続々とアジア系の人たちが豪州へと渡った。移民総数の述べ650万人以上、2005年以降も毎年10万人~15万人程度の移民(移住者)を受け入れており、国力を維持している。
日本は島国だ。明治時代が来るまで鎖国を敷いた国だ。時として国民性を島国根性などとも揶揄されるこの国は基本的に単一民族である。豪州とは違う民族性はあるが、かの国に学ぶべきものはないか。必ずあると信じる。
菅内閣が「平成の開国」と声を大きく上げるなら、少なくとも在留期間を数年延長するなど、目の前にあるこの問題からまず解決すべきである。