~PROLOGUE~
「お、お!オールイン!!」
ABEが手を挙げ叫ぶ。
「コール」
静まり返った部屋に、無機質な音声が響く。
誰一人動かない。
動けない。
虫の羽音のような機械音だけが地面を伝ってくる。
永遠とも思えるような時間の中、呼吸すらできず立ち尽くしている。
「ショウダウン」
張り詰め硬直していた全身の筋肉が、諦めと共に弛緩し始めた。
~BULLETS IN DA HOUSE~
「やっぱさぁ、たまには対外試合とか行くべきだよね」
テーブルに積まれたチップを器用に操りながら、PESが言う。
「それはわかってるんだけどね、緊張するし、俺」
「QQ、堅いから大丈夫じゃない?」
「確かに」
I’s が、咥え煙草の煙に目を細めながら、4枚目のカードを開く。
「オールイン」
KTRがしかめ面とも取れる表情で、チップの山を押し出す。
「えぇー!?オールイン?オールインかぁ、んいあぁぁぁ!」
「ABEちゃん、何点あんの?」
「えぇぇ!んんんんと!ごじゅうでしょ、ひゃく、、」
「ABEさん320点あります」
「いいいいひやぁぁぁ!やりたいぃぃ、けど、んんんん!」
ABEは身体を掻き毟り悶絶している。
KTRがフードを目深に被りテーブルに肘をついた。
いつもの仲間、いつものテーブル。
いつもの、最高な、夜。
今日も勝てはしないだろう。
それでも、こいつらと同じテーブルを囲み、俺自身を知ることへの対価なら
文句はない。
俺たち5人は、自らをBULLETSと名乗り、こうして夜な夜なカードを撒いては一喜一憂している。
生まれも育ちも感性も違う、漢たち。
出会いだってメチャクチャだった。
話が合うとは到底思えなかった。
それが今は、それぞれにとってかけがえのない居場所になっている。
ここにいれば、俺たちは自由だ。
「キター!!!」
「…マジかよ…」
「えぇぇ!?これ、落ちるー!?」
「もうね、ABEさん、ナイスコールです」
伊達にオールイン課長の異名を持つABEではない。
何本ものボトルを空け、数え切れないほどカードを切り、笑う。
気づけばまた今日も、朝日がおずおずと俺のハンドを照らし始めている。
~ROLL!~
『ポーカーの招待来たから、Gmailみて』
I’s からのLINEで、俺はそれを知った。
Dear BULLETS,
《Invitation to Texas Hold’em Match》
Fee:20K/person
Place:Tokyo
Detail:Available after declaration of participation
潔いまでの怪しさ...。
詳細のない招待状。
こんなものにアッサリ参加するやつ、いるのか?
I’s 『みんな、どう?』
ABE『英語だからアレだけど、詳細はわかんないんだよね?』
I’s 『返信したら、セキュアページで見られるみたい』
PES『それだけなら、とりあえず参加ってしてみてもいいんじゃない?』
KTR『いいでしょう』
KTR スタンプ『コミットします』
アッサリー
俺ことQQは、プレイスタイル同様、リアルライフでも滅多に冒険をしない。
いつも同じ店で同じ飯を注文するタイプだ。
だから、この得体の知れない招待状に正直ビビっていた。
だが、こいつらは、違う。
俺とは違う、本物の漢たちだ。
I’s はとにかくよく酒を飲む。カレーやラーメンすら”飲む”(必ずむせる)。
Texas Hold’emを俺たちに教えてくれたのもI'sだ。
こいつの生活動線は、2分に1本缶ビールを空けるコース取りになっている。
KTRは一見穏やかなリーダーだが、かつて指先一本で西海岸を制し、取巻き達にキングと呼ばれていた過去を持つ。
奴の脚力の強さは、ABEの古傷も証明している。
ABEはと言えば、生まれてこの方ボウズ以外の髪型をしたことがない。
圧倒的不利な場面で何故か「圧倒的不利」と言いながら大博打に出る、生粋のギャンブラーだ。
PESにいたっては語るのも恐ろしいくらいだ。
野良の子猫にカマボコという名を付け可愛がる反面、食品のカマボコを鬼の形相で板から喰いちぎり、丸一日泣きじゃくっていたかと思えば、直後に自身の3倍はあろう大柄な男を叩きのめす。BULLETSきってのサイコ野郎だ。
そんな奴らといるから、俺はいつも強くなった気でいる。
今回もそうだった。
BULLETSでカチコミかけてやる、そう思うまでに10秒もかからなかった。
~SHUFFLE~
指定の時間より大分早く集合した俺たちは、のんびり飯を食っていた。
「いきなりヤミっぽい大会とか、俺たち生きて帰れるかな」
PESが皿に乗ったチーズを避けながら笑う。
「やっぱグループ対抗なのかな、戦い方考えないとな」とI’s。
「俺に任せとけ。お前らの出番はない」
「KTRのアニキー!!」
「サンキュー!」
一緒になって笑ってはいたが、俺は不安でいっぱいだった。
初めてに近い対外試合が、場所も公開されていない招待制。
俺は、ロジックもスキルも未熟だ。
もし後からすげぇボラれたら…
もしソッチ系の奴らばっかりだったら…
味のしない煙を浅く吐き捨て、俺は寒さに身を屈めながら皆とその場所へ向かった。
赤茶のペンキが剥げかけた重い鉄製のドアを開ける。
表札はもちろん、店名のような表示もなかった。
コンクリート剥き出しの階段は、薄暗く狭い。
一段下る毎に、光が薄れていくのを感じる。
しばらくして、互いの姿がやっと見えるくらいの暗いフロアに降りた俺たちは、本能的に息を殺す。
何の音もしない。
人の気配が、ない。
「あれ?場所間違えた?」
I’s が携帯のカバーを開く。
その時、カチカチンという音とともに、視界が点滅する。
蛍光灯の青白い光に目が慣れ、それは部屋の隅に現れた。
黒のfigona。
6人分のチップが配置されている。
そして。
ディーラー席の奥に、何かが、いる。
~SMALL BLIND~
顔に太いチューブが刺さった、人。
いや、人のような何か、が、ディーラー席に座っている。
一瞬こめかみのあたりがざわつく。
言い知れぬ恐怖に、思考が停止する。
さっきまでの日常と目の前の光景があまりにかけ離れていて、突発的な笑いがこみ上げてくる。
映画館で、7UPを飲みながら凄惨なホラーを見ている感覚。
小さく「え」と呟いたABEの声で、俺は我に返った。
KTRとI’sが恐る恐るテーブルに近づく。
「...あの、BULLETSですけど」
俺はそこで初めて、それが生きた人間であることを知った。
そいつは、何も言わない。
一見顔かどうかもわからない肉の塊だ、喋ることができるとは思えない。
しばらくの沈黙の後、そいつは目を疑うスピードでテーブルの端を指差した。
反動で、口と思しき場所から何かに繋がっているチューブが上下に揺れる。
「ダイスを振ってください」
アニメの女の子のような音声が、静まり返った部屋に響く。
恐ろしく不吉な何かが始まりつつあることは、全員が感じていた。
それなのに、パニックに陥るまいとする忌々しい本能が、置かれたダイスから目を逸らすことを拒んでいる。
見慣れた、赤いダイス。
寒々しい蛍光灯の光を受けて、羅紗に紫色の影を落としている。
俺は、ついに笑ってしまった。
ABEが屁をしたからだ。
日常と非日常の境目で思考がフリーズしていた俺たちは、金縛りが解けたかのように一斉に笑い出した。
「今?今する?」
「わ、くっせ!…くっせぇ!」
「あーこれは臭いね、ごめんね」
「ダイスを振ってください」
「する前に言ってー」
…!
「ダイスを振ってください」
スピーカーの声が、心持ち音量を上げた。
腹の中が捩れるような不安が一瞬にして蘇りそうになる。
いや、もう大丈夫だ。
俺は独りでここにいる訳ではない。
「えっと、先に、対戦方式とかを教えてもらえますか?」
そう訊きながら、PESがそろそろとテーブルに向かって歩く。
こんな時、海外カジノでのソロプレイ経験が物を言うんだな。
「...おしょんしょんしたくなってきちゃった」
ABEはキョロキョロと部屋を見回し始める。
俺は少し気が抜けて、ポケットから取り出した煙草に火をつける。
それにしても、あのチューブの野郎は一体何なんだ。
主催者には違いないんだろうが…。
よく見ないと顔のパーツもわからないくらい、皮膚が引き攣れている。
酷い火事にでも巻き込まれたのだろう。
俺は、背後の壁に凭れながら、そんなことをぼんやり考えていた。
「ノーリミットテキサスホールデムですブラインドレベルは10分毎に上がりブラインドベットが倍額となります皆さんが棄権なさる場合またはチップを全て失った場合は命を諦めてもらいますチーム内でのチップの譲渡が可能ですがその場合わたしの持ち点に譲渡分の同額が追加されます皆さんかわたしどちらかのチップが無くなった時点でゲームは」
何て言った?be kind, rewind.
命?
まだ辛うじて耳に残っている言葉を、急いで反芻する。
『都内貸倉庫で謎の集団変死相次ぐ』
ここ数ヶ月、世間を騒がせているニュースのテロップとリポーターの真面目くさった顔が、ふと脳裏を過ぎる。
まさか、な。
指が熱い。
煙草が根元まで燃え尽きている。
「なんか、さっきのドア、開かないんだけど!」
慌てて階段から下りて来たABEが言った。
~中へ続く~