62歳男性
高血圧(放置),ヘビースモーカー
午前4時ごろ,胸の重苦しさで目が覚め,妻を起こしたが,数分後に気を失ったらしく,後は覚えていないが,気がついたら救急車内だったという。妻の話では,起こされて,胸をさすってあげていたら意識がなくなり,数十秒の全身痙攣が起きたので,慌てて救急車を呼んだという。全身痙攣は生まれて初めてとのこと。
血圧 96/68,脈拍 66/分(整),呼吸 16/分,体温 35.9℃,診察ではかなりの肥満以外に異常なし。
担当した研修医は,頭蓋内病変を疑い,頭部 CTを撮影して異常がないため,夜明けまで救急室観察ベッドで待機させ,神経内科医外来に受診させた。神経内科医は MRI,脳波の検索のために入院とした。翌朝午前5時ごろに再び全身痙攣が起きた。
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救急室には「倒れた」という主訴で,「めまい(pre-syncope),失神,意識障害,痙攣」の患者が受診する。
まず循環性,中枢神経性,代謝~中毒性の3群に分けて考える。詳細な医療面接とバイタルサイン,身体所見を使って,ある程度絞り込んでから,検索を開始する。なぜかと言うと,循環性は急変しやすい疾患もあるので,中枢神経性や代謝~中毒性と誤認すると,取り返しのつかない結末になるからである。まずこの3群の違いを理解することが必要である。
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循環性
脳には問題はなく,なんらかの理由で脳全体の血流が減少したために起きる事象で,脳血流の減少の程度によって,めまい(presyncope)から全身痙攣(心肺停止一歩手前)までさまざまである。脳だけでなく,身体全体の循環も低下しているため,現場ではとても血圧が低く,救急室に到着したときの血圧も低めのはずである。意識を失くす直前に患者がどんな症状を訴えたかも大きな決め手になる。
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① 心血管性:頻度としては少ないが見逃すと致命的。例:重篤な不整脈,急性冠症候群,心筋症,大動脈狭窄症,大動脈解離,肺塞栓,原発性肺高血圧症
② 起立性低血圧性:心血管性の次に考える。例:出血(消化管出血,腹部大動脈瘤破裂,子宮外妊娠破裂,肝癌破裂)
③ 神経介在性:最も多く予後良好だが,心血管性と起立性低血圧によるものが否定できてから考える。例:血管迷走神経反射性,状況性(咳,嚥下,嘔吐,排尿,排便),頸動脈刺激性
この群での身体所見は,頸部静脈の怒張の有無,血圧の左右差,呼吸音の左右差,AR の雑音の有無,腹部触診,直腸診,下肢の腫脹の有無などが重要である。検索は,心電図,血液検査(心筋マーカー,血算,BUN,Cr,血清 K,d-Dimer),心エコー,腹部エエコー,大腿静脈エコー,胸部腹部 CT スキャンなどが候補となる。
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中枢神経性
特発性てんかんの1つである数秒の欠神発作から,痙攣重積のように意識障害が遷延するものまで多岐にわたる。これらは救急室到着時には血圧は高めであり,項部硬直の有無,神経学的左右差の有無などが身体診察では重要となる。
①はすでに診断がついている場合が多いので,医療面接でうまく聞き出せば診断は容易である。②は頭部 CT スキャンや MRI の画像診断,腰椎穿刺による脳性髄液検査が決め手となる。
①特発性てんかん
②症候性てんかん:髄膜脳炎,脳動静脈奇形,脳腫瘍,脳卒中,脳卒中後遺症,脳損傷後遺症
代謝~中毒性
医療面接,身体所見と血液検査で診断がつくものである。
低血糖,高浸透圧性高血糖症,尿毒症,肝性脳症,低 Na血症,高 Ca血症,薬物中毒,薬物(アルコール含む)禁断痙攣,熱性痙攣
バイタルサインからのアプローチ
救急室での現実的なアプローチとして,上記の3群の違いを理解したうえで,医療面接をしながら,バイタルサインを絞り込みに使えるのではないかと考えている。意識障害の原因を考えるときには,血圧が高いときに頭蓋内,血圧が低いときは頭蓋内以外の原因を検索するべきだが、意識障害だけでなく,「めまい,失神,痙攣」の鑑別にも拡大して,血圧が使えるのではないかと思うのである。
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血圧が高い場合には中枢神経疾患狙いでよいが,血圧が低ければ,循環性や代謝~中毒性疾患から考える。呼吸数にも注目する。意識障害の患者で呼吸数が減少している場合は大抵,中枢神経を抑制するタイプ(眠剤)の薬物中毒である。このように考えれば,提示した症例は,意識障害・痙攣の前,妻に「胸が重苦しい」と訴えていること,虚血性心疾患の危険因子(高血圧,喫煙歴)があること,臥床したまま意識障害,痙攣が起きていること,来院時に血圧が低めであることなどから,最初から中枢性疾患は考えずに(頭部 CT スキャンは後回しにして),循環性疾患から検索できた可能性がある。神経内科より循環器内科に紹介することができたはずである。症例は神経内科入院後の2回目の痙攣時に運よく心電図が記録され,異形狭心症の発作中に完全房室ブロックが起きて,全身痙攣(アダムス・ストークス症候群)をきたしたと診断された。このように,最初にどの科の医師にコンサルテーションするかで運命が変わる患者がいる。最初に診る研修医が患者の運命を握っていることを認識すべき。
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