69歳女性

高血圧で降圧薬を不規則に内服。

「めまい」のためにトイレの前で動けなくなっているところを,帰宅した家人が見つけて救急車を要請した。

意識清明,血圧 86/62,脈拍 72/分,呼吸 20/分,体温 35.8℃

複視なし,構語障害なし,眼振はっきりしない,顔面,四肢には筋力,感覚とも左右差なく正常。

頭部CT問題無し。

研修医は小脳~脳幹梗塞を疑い,神経内科医にコンサルテーションして,頭部MRIまで施行したが著変は認められなかったので,「内耳疾患によるめまい」と診断した。頭部MRIからERに戻って 10分後にショック状態となって,再度,本人から話を聴くと,「トイレで排便中に胸と背中の痛みが最初にあった」と言う。胸部CTを施行すると,スタンフォード A型の大動脈解離で,心囊に破れ込んで心タンポナーデをきたしていた。

 主訴「めまい」「ふらつき」では,3群に分ける。

❶「ぐるぐる回る」とか「景色が一方向に流れていく」という場合には,vertigoと解釈してよい。Vertigoなら 90%は内耳疾患で,残りが中枢神経疾患である。特に血圧が高い患者や生まれて初めて高齢者が vertigoを訴えて受診したのなら,中枢神経疾患から考えるべきである。

❷「立ちくらみみたい」とか「血の気が引いていく感じ」という場合には pre-syncope,すなわちsyncope一歩手前,前失神であり,ほとんどが頸部から下の疾患であり,中枢神経の検索は無駄であるばかりか,患者を危険にさらすことになる。多くの pre-syncopeでは普段より血圧が低下している。Pre-syncopeに間違いなければ,鑑別診断は syncopeの鑑別診断と同じである。

❸vertigoか pre-syncopeか区別がつかない「めまい」なら,すべてを考慮して検索順位を決める難しい作業となる。



 さらに大きく3群に分けて考えると覚えやすい。①まず,最も危険な心血管性疾患から考えるようにする。心血管性疾患では,不整脈,器質的心疾患,その他の疾患を考慮する。救急室では心電図で不整脈を否定し,心臓超音波検査で器質的心疾患を否定し,胸部造影CTでその他の疾患(大動脈解離,肺塞栓,原発性肺高血圧症など)を否定する。不整脈では急死しうる先天性3羽ガラス(WPW症候群,Brugada症候群,先天性QT 延長症候群)の心電図を覚えておく。大動脈解離は症状が多彩なため診断が難しい。②次に起立性低血圧をきたす内出血,ひどい脱水,薬剤を考える。③これらが否定できたら,生命に危険がない神経介在性疾患を考える。




患者がこれまでに一度も言われたことがない診断をつける際には,極端に慎重であるべきである。研修医の先生が「生まれて初めて…の診断をつける」場合には必ず上籍医,専門医に確認をとるべきである。提示した症例も生まれて初めての「内耳性めまい」と診断されてしまった。これまでに同様のめまいで「内耳性めまい」の診断を受けていたなら,今回のアプローチでもよいが,生まれて初めての場合であること,高血圧の患者が低血圧で運ばれていることから,中枢神経疾患や内耳疾患は後回しにして,血圧を低下させる pre-syncopeの鑑別をするべきであった。

 

排便中や排便直後の救急搬送患者は重篤な疾患が見つかることが多い。積極的に検索することを勧めたい。