あれから二年 | バルキー ~気ままなバス釣りや日常のレポート~

バルキー ~気ままなバス釣りや日常のレポート~

気の向くままに日常やバス釣り釣行記など
書き綴ろうかと思います。
タックルやルアー考察など・・・まあまあ雑多w
キャリアだけはあるのでハウツーの紹介や、
意見交換なども出来ると楽しいですね。
ご質問などお気軽にどうぞw

二年前の3月11日の午後。
ほぼ一週間の予定で東京に居た。
丁度出張の最終日。

朝、チェックアウトし、ギャリーケースをコロコロさせながらの移動。
昼からは渋谷のNHKで打ち合わせしてた。

局内の喫茶室で打ち合わせ中に地震。

一時間後…外に出てビックリ。
井之頭通りからセンター街。
ビルから避難した若い人で、溢れかえって…
何カ所かは水道管は破裂し水浸し。。

初めの地震の直後…カミさんに安否知らせるメールで、ホテルの予約を頼んだのが結局正解。

新幹線も飛行機も陸路も全滅。
地震から一時間後には、携帯電話も
メールも繋がらず…

その後、池袋のホテルまで約4時間の
徒歩。

ホテルは人で一杯。
ロビーも解放してる有様だった。
早い予約が功を奏し、部屋は取れて居たので助かった。
それから更に三日間ホテルに宿泊したが…時間を問わない余震が続いてた。

テレビでは、刻一刻と災害状況を伝え…痛ましさに目を覆った。

実は両親共に東北出身者。
父親は秋田なので、直接の被害は少なかったが、母方は岩手県久慈市。
三陸海岸の北の外れ。
リアス式海岸の地下空洞を利用した
石油備蓄基地がある。
祖母と叔父の安否は確認できて居た。
久慈川も海からも近かったが、過去の
三陸沖地震の経験者…避難も早かった様だ。
自治体も高齢者が多く、過去の災害経験もあり、体験に裏付けされたマニュアルもしっかりしていたとか…。
それでも沿岸部は壊滅。

何年か前に叔父と行った、久慈の漁港や宮古港は大変な被害だった様だ。

宮古・釜石・仙台と親戚も多く、
未だ行方不明者も身内にいる。


今日はテレビでも、震災復興を
どの局も取り上げ…
ホームセンターには、防災用品が
並んでいた。

福島では、二年たった今も原子炉の
問題を抱える。


日々、関西の神戸に住む身では、
つい忘れがちだが…
片付いてない事が沢山あるんだわ…。

カミさんは、アナウンサーをしていた。
阪神淡路の震災の時は、ラジオで
早朝の生放送中だったらしい。
建物は倒壊し、命辛々歩き帰ったらしい。

それぞれ…微妙に違う観点で、震災復興の番組を観ている。。


東北では、総長にして300キロを超える防潮堤を計画しているそうだ。
福島の原発付近は、今後何十年もの
汚染が続く。。

とか。

日々の生活の中で、考え続ける自身はないが。

年に一度、この日は防災について
考える事はしよう。


現在四歳の息子。
今年の五月で五歳になる。
海猿目指し…スイミングに元気に通う。

頑張れ!





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