「新型コロナウイルス」という言葉を見ない聞かない日はありませんね。

 

自粛ムードが漂い始めたころから、

SNSなどでよく

 

「こんなときだからこそ!」という言葉を見るようになりました。

 

こんなとき、というのはもちろん

目に見えない新型ウイルスに対する恐怖や、

やりたいこと・行きたい場所が制限されることへのストレス、

何が正しいのか分からない不安などなど…

というのは私にもわかるのですが。

 

何度も何度もこの言葉を見るうちに、

なんだかモヤモヤしてきました。

 

「こんなときだからこそ?

『こんなとき』じゃなくても、いつでも明るくしたかったら明るく振舞ったらいいし

現状を冷静に把握してできる最善を尽くすのは当たり前じゃないの?」

と。

 

したいことをするのに

「こんなとき」を利用しなくても良くない??

なぜこんなときであることをそこまで意識する??

 

何か大義名分があると踏み出しやすいのは分かる。

共感もしやすい、得やすい。

 

だけど、「こんなときであること」ばかり意識していると

どんどん現在地からブレるよ。持っていかれる。

(だからと言って「こんなときであることなんぞ忘れていい」訳じゃない。)

※大事なことなので捕捉だけど強調

 

自分はどうしたいのか?

どう在りたいのか?

「今の自分は」、明日、1週間後、1か月後どう在っていたいと感じているのか?

こんなとき は意識の中に置きつつも

フォーカスすべきは自分の中心。

 

不安になるのは当たり前です。

ヒトが生き延びるための心の機能だから。

でも、その不安のもっと先の源にはちゃんと「わたし」がいる。

そこから離れすぎないように、

落ち着いて深く呼吸して、心に潜ろう。


疫病退散を願ってアマビエ