初日記です


闘病記だけじゃブログは自分がおもしろくないんで、普段のことも書いていこうかと思います。




実は自分は塾講師をやっていて、毎日愛すべき糞ガキ共の相手をしています。




二年間、塾講師をやってみて思ったことは


「俺は絶対、先生にはなれないな」


ってこと。



社会に出たら絶対辞めてやる





何が嫌かって、女子高生が嫌


うらやましいとか思うかもしれないけど、女子高生は難しい・・・



男子高生とか中学生とかにむかついたりすることもあるけど


女子高生はほんと単純に嫌い。




なつかれても距離を置いてしまう。


基本的にしゃべりたくない。


わがまま。


おとなしい子も扱いが難しい。



なんかギャグかましても



「きゃはははは!先生きも~い!!」





お前がきもいんじゃ







あ~あ。




男塾でいいのに

入院して一ヶ月半くらいで、点滴が抜けて、成分栄養素(まっずい飲み物)で栄養を摂ることになった。


絶食といっても刺激のない飲み物は飲めるから、あんまり嬉しくはなかった。




まぁ、それでも「ご飯の時間に成分栄養素を飲む」っていうことが


「ご飯の時間にご飯を食べる」ってことみたいで、だんだん嬉しくなってはきた。




この成分栄養素。「エレンタール」っていいます。


また、これがおいしくない。しかも多い。



腹はふくれるというか、たぷんたぷんになる感じで、満腹感はなかった。




「もうすぐ退院しようか」




ついに退院できるかもしれない。


また普段の生活に戻れる。


ご飯が食べられる。


ラグビーができる。




そう思ってた。








「しばらくはエレンタールだけで生活しようね。あと、激しい運動は避けたほうがいい。」





言葉では言い表せられないほどショックだった。



ご飯は食べられない。


ラグビーはやめなくちゃいけない。



それでも退院できることが嬉しかった。







でも、本当は退院してからがきつかった。


このあとの高校二年間は、振り返ってみると、一番きつい時期だったと思う。

入院中は何がきつかったって、とにかく絶食がきつかった。


腸を休ませるために、点滴だけで栄養を摂って、とにかく絶食。



一日目は楽勝だった。


こんなんやったらすぐ乗り切れるだろうって思ってた。



三日目ぐらいから、なにか口にしたくなった。



一週間経ってからは、食品関係のCMも見たくなくなって、もうテレビも見たくなくなった。



二週間ぐらいから、とにかく自分がいらいらしてるのがわかった。


早くなんでもいいから食べたかった。



三週間、自分はずっとこのままなんじゃないかって思い出してきて鬱になった。






夜が恐かった。


外がうらやましくて仕方なかった。


雨を浴びたかったし、風に打たれたかった。




自分は病人なんだと自覚した。