オタオタのブログ

題 名:Padang Bulan / Cinta di Dalam Gelas
著 者:Andrea Hirata
出版社:PT Bentang Pustaka, Yogyakarta
発行年:2010年6月

http://www.mizan.com/index.php?fuseaction=buku_full&id=8216

2005年に発表された処女小説 “Laskar Pelangi” (『プランギ軍団』)がインドネシア文学史上空前のベストセラーとなって、一躍時の人となったアンドレア・ヒラタの最新小説。

二部作で、二作が上下逆になって背中合わせで一冊となり、つまり前から読めば一作目、裏返してさらに上下をひっくり返して開けば二作目、という作りの本です。

発売早々好調な売れ行きらしく、今度はどんな小説なのかと楽しみに手に取ってみましたが……やっぱりこれも
“Laskar Pelangi” でした。要するに “Laskar Pelangi”四部作の続編です。

前の四部作の四作目 “Maryamah Karpov” (『マルヤマー・カルポフ』)が、前三作と比べてちょっと失速してしまったか、という感じで、どこか中途半端な印象があり、終わり方も「え、これで終わり?」と言いたくなるようなものだったので、おそらく続きがあるのだろうと思ってはいましたが。

今回の二部作の一作目 “Padang Bulan”(『パダン・ブラン』)で、主人公のイカールの他にこの二部作の中心となる人物は、苦労人にして決してくじけない女性、幼名エノン、本名マルヤマー。英語が大好きだったエノンは、父親が事故死したため、小学校卒業をまたずして退学。母を助け、幼い妹たちを学校に行かせるために錫の採取工として働き始める。やがて島にできた英語学校に通って、ついに優秀な成績で修了。

一方イカールは、ヨーロッパで学位を取って帰国したものの職もなく、故郷の島でぶらぶらしている。そんなとき、恋人のア・リンが長身で美男子のジナールと婚約したという噂を耳にする。傷心の中、母親にせっつかれてジャカルタへ職探しに行こうと決意するも、ア・リンへの想いを断ち切れず、ジャカルタ行きを急遽取りやめて、それまでやったこともなかったチェスの練習を始め、独立記念日チェス大会でジナールと対戦。史上最短時間で完敗。同じく卓球大会でもジナールに完敗。さらに、身長を伸ばそうと通販で取り寄せた怪しげな身長伸長器具を使って、危うく首つり死しそうになったり……と、おかしくも情けない日々。

二作目 “Cinta di Dalam Gelas”(『コップの中の愛』)では、結婚に失敗したマルヤマーがチェスの名人の元夫を打ち負かすために、チェスに挑み、ついには3年連続島のチャンピオンに輝くようになる。その得意とする防御テクニックが世界レベルのグランド・マスター、アナトリー・カルポフが考案したものだったため、マルヤマーはマルヤマー・カルポフという名で知られるようになった……。

“Laskar Pelangi” 四部作の四作目で題名となったものの、本編にはちらっと登場しただけで、読者に肩透かしを食らわせたマルヤマー・カルポフが実は何者だったのかが、ここでようやく判明するわけです。

例の四作目で表紙になったヴァイオリン弾きの女の子がマルヤマー・カルポフだと勘違いしていましたが、実はそうではなく、その子の母親がマルヤマーという名前なのです。でも、どうやらマルヤマー・カルポフとは別人のよう。


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『マルヤマー・カルポフ』で登場するマルヤマー・カルポフは、コーヒー屋で、マルヤマーおばさんが客たちにチェスのカルポフ・テクニックを教えてやっているという一文だけ。

おそらく書いているうちに構想が変わってしまったけれど、すでに四作目まで表紙の写真入りで広告を打った後だったので、あえて題名を変えずに出した、というところだったのではないかと想像します。

つまり、今回の二部作は、そのリベンジみたいなもので。

このことについては、著者アンドレア・ヒラタ氏がホームページ(http://www.andrea-hirata.com)で
書いておられます。

「(なぜ『マルヤマー・カルポフ』をあんな具合にしたのかというと)僕の生まれた土地の社会の独特で風変わりなところをじゅうぶんに理解した上でないと、『パダン・ブラン』二部作が多かれ少なかれ実話に基づくものだということをわかってもらえないだろうと思ったからです。だから『マルヤマー・カルポフ』では、その社会の文化的風景と道徳原理を描き、その上で『パダン・ブラン』二部作を展開することにしました。」

今回の二部作も、テーマは前四部作から一貫して、どんなに苦境にあっても、夢を捨てず、くじけずがんばれば夢は叶う!です。それが、実にのんびりとした(だらだらした)話運びの中に埋め込まれています。

エピソードひとつひとつを見えれば、なかなかおもしろかったりするし、マルヤマーとその友人のたくましい女たちには拍手を贈りたくなる。それでもやっぱり、これだけの紙数を費やすこともなかったのでは、と思わないでもありません。

こういうだらだらテンポがこの作家の持ち味であり、実にインドネシアの離島らしさが出ていていいとも言えるのですが・・・。まずまず楽しく読めましたしね。

ともあれ、”Laskar Pelangi”の世界はこのへんにして、次の作品ではもっと別の世界に挑戦していただきたいものです。

余談ですが、今回二部作の前書きに、日本の出版社も “Laskar Pelangi” の版権を買ったという話が出ていました。きっと近いうちに邦訳が出るのでしょう。楽しみです。

だけど、ちょっと気になるのが題名。 “Laskar Pelangi” の映画が日本に紹介されたときには、「虹の兵士たち」とか「虹の戦士たち」とかいう訳になっていたようです。でも、「兵士」や「戦士」というのは、ここでは合わない。

そもそもこの題名の由来は、虹が出ると、いつもイカールと同級生の仲間たちがみんな一斉に教室から飛び出して校庭の木に登って虹を見ていたので、先生がイカールたちを “Laskar Pelangi” と呼んだことなのです。そういうときに、先生が「兵士」だとか「戦士」だとかいった言葉を使うでしょうか?

ここは「たけし軍団」とか「キルプの軍団」とかいうニュアンスで、「軍団」を使ってほしいところ。「虹の軍団」でも悪くないですが、やはり「プランギ軍団」が一番ぴったりくると思います。字体まで想像できるようじゃありませんか。「プランギ」が虹であることは、どこかで説明を入れるなり、ルビ訳技を使えばいいんじゃないか、と勝手に決めつけて
います。


*著者のアンドレア・ヒラタ氏は1976年インドネシアの南スマトラ州(現バンカ=ブリトゥン州)ブリトゥン島生まれ。名前は「ヒラタ」だが、日系ではない。