先日、
家で、
『お茶』
を入れました。
本当に、
普通の、
よくあるお茶です。
やかんに水を入れて、
火にかけて、
お湯を沸かしました。
そして、
急須にお茶の葉を入れて、
お湯を注ぎました。
湯飲み茶碗に、
お茶を注ぎました。
きれいな緑色のお茶が、
並びました。
湯気と一緒に、
いい香りが広がりました。
「あぁ、落ち着くなぁ。」
そう思いました。
これは、
日常の、
ありふれた一コマです。
では、
いったい、
何が起きたのでしょうか。
実は、
ここからが、
大変だったのです。
お茶を一口、
飲もうとしました。
ふーっと、
息を吹きかけました。
その時です。
目の前で、
すごいことが起きました。
なんと、
お茶の中に、
『小さな虫』
が、
プカプカと、
浮いていたのです。
これは、
スゴイことです!!
「えっ!?」
声に出してしまいました。
どこから、
入ってきたのでしょうか。
お茶の葉の袋からでしょうか。
それとも、
急須の隙間からでしょうか。
あるいは、
私の知らない間に、
空から降ってきたのでしょうか。
問題は、
ここからです。
私は、
その虫を見た瞬間、
どうしたと思いますか。
普通なら、
「キャー!」と叫んで、
お茶を捨てるところかもしれません。
でも、
その時の私は、
なぜか冷静でした。
「少し、話しは変わりますが、」
人間というのは、
あまりにも衝撃的な出来事に出会うと、
急に冷静になる生き物なのかもしれません。
これは、
心理学的な、
『防衛本能(ぼうえいほんのう)』
というものかもしれません。
つまり、
自分の心を、
ショックから守ろうとする働きです。
そう考えると、
私の脳は、
必死に私を守ってくれていたのです。
では、
その虫をどうしたのか。
スプーンですくって、
外に出しました。
そして、
残ったお茶を、
じっと見つめました。
ここで、
疑問が湧いてきます。
「このお茶を、
果たして、
飲んでも大丈夫なのでしょうか。」
法律で決まっているわけではありません。
誰かに止められているわけでもありません。
でも、
気持ちの問題です。
気分的な問題です。
『心の境界線(きょうがいせん)』
の問題なのです。
ここで、
もっと大きな話に、
広げてみたいと思います。
私たちは、
日々の生活の中で、
たくさんの、
『小さな想定外(そていがい)』
に出会います。
予定通りにいかないこと。
思いがけないアクシデント。
人生とは、
まさに、
そういうものの連続です。
お茶の中に虫が入るような、
ほんの些細な出来事。
それは、
私たちが生きる世界全体の、
縮図(しゅくず)なのかもしれません。
そう考えると、
非常に面白いと思います。
では、いったい、
私たちはどうすべきなのでしょうか。
虫が入ったからといって、
お茶の時間を諦めるべきなのでしょうか。
それとも、
すべてを忘れて、
ゴクゴクと飲むべきなのでしょうか。
答えは、
おそらく、
そのどちらでもありません。
大切なのは、
その状況を、
どう受け止めるか、
ということです。
自分がどう感じて、
どう行動するか。
そして、
その小さな出来事から、
何を学ぶか。
お茶一杯の中に、
宇宙の真理(しんり)が隠されていると言っても、
過言ではありません。
ちょっと、
大げさすぎたでしょうか。
でも、
本気でそう思っているのです。
人生は、
予測不可能なことばかりです。
あたたかいお茶を飲んで、
ホッと一息つこうと思った矢先に、
まさかの事件が起きる。
それが、
私たちの、
『日常(にちじょう)』
なのです。
だからこそ、
どんな小さな出来事も、
見逃してはいけないのです。
自分の身に起きることすべてに、
意味があるのかもしれません。
そう、
思い込むこと。
それが、
人生を楽しく生きるための、
最大の秘訣(ひけつ)なのだと思います。
結局、
そのお茶は、
どうしたのか。
気になりますよね。
実は、
少し悩んだ末に、
新しくお湯を沸かし直して、
もう一度入れ直しました。
やっぱり、
美味しくお茶を飲みたいですからね。
人間、
時には妥協も必要です。
でも、
あの時出会った虫のおかげで、
いつもは何気なく飲んでいるお茶が、
何倍もありがたく感じられました。
ピンチは、
チャンスに変えられる。
大げさではなく、
本当にそう思います。
明日も、
またお茶を入れます。
今度は、
虫が入らないように、
急須の蓋を、
しっかり押さえながら、
入れようと思います。
皆さんも、
お茶を飲むときは、
気をつけてくださいね・・