人生の意味1
どうせ死んでしまうのだから、生きることは空しい、という言い方は正しいだろうか。
たとえば、君はこれから勉強して、上の学校へ行って、それから何らかの職業に従事して、お金を稼いだり子供を育てたりしながら生きてゆくのだけれども、そんなことのすべては、どうせ死んでしまうのだから意味のないことだと感じるのは、正しいだろうか。
逆に、どうせ死んでしまうのだから、今やりたいことをやろうというのは、どうだろう。少なくとも今やりたいことをやっていれば、生きること自体の根本的な空しさを、まぎらわすことはできるというわけだ。
引用:池田晶子「14歳からの哲学」
いつか必ず死ぬのに、何で生まれてくるんだろう…とぼんやり考えたことはある。
死ななきゃならないのは、生まれてきたからなのだけど。
この生死については、一度ならずもトコトン考えたほうがいい問題だ。
どうせ死んでしまうのだから、という心持ちと、なぜかわからないけれど今こうして生きているのだから、という心持ちでは、ずいぶん違う気がする。
やりたいこをやる、というのも、その心持ちが問われるのではないか。
自分自身で人生を創っていくことができるのだったら、いずれ死んでいくにしても、素晴らしいことだなぁと思う。
「生きること自体の根本的な空しさ」というのは、その瞬間何かに没頭していたり夢中になっていたりするときには決して感じない。
空しさを感じないために何かに没頭したり夢中になったりすることもあるかもしれない。
生きること自体どう捉えるかも自分自身の問題だった。
いつも思っているのは「自分」なのだから、何事も自分に由る、このことを徹底的に自覚することがやはり大事なのではないか、と改めて思う。
~つづく~