今、俺は国立病院機構熊本医療センターに入院しています。
月曜日の昼過ぎぐらいから手足に痺れを感じ始めて冷え症のせいにしてましたが、その日の夜には全身の関節を鋭い痛みが襲い、眠れないほどでした。翌朝火曜日になっても手足の痺れは増すばかりでさすがに仕事を休み、近所の内科に駆け込みました。CT検査の結果は異常もなく、また明日痺れが退いてなかったら脳神経外科紹介するから来てくれと言われ帰宅。二週間前から風邪の症状があったのですが仕事や家事があるので市販薬でごまかしてました。一日だけ原因不明の蕁麻疹が全身に出たので、皮膚科に行きましたが風邪や疲労からだと言われ帰されました。
翌日水曜日、起きてみるともう既に一人では歩けない状態に。仕事が休みだった嫁さんの肩を借りつつ昨日の内科へ。即、熊本脳神経外科病院を紹介され行くことに。着くなり髄液検査と言って背骨の腰辺りに注射をズブリ。鈍い痛みが襲いました。MRIも受けました。しかし検査結果はまたしても異常無し。で、国立病院の神経内科に救急車で運び込まれました。そこから体中いじくられ即入院。
その時、主治医の先生が部下に呟いた一言が聞こえました。
「ギランバレーの初期段階かもだな・・・。」
なんか聞いたことあるなぁと思いながら頭の中ではイアン・ギランがバレーしてました(笑)
そこからとりあえず空いてた四人部屋の病室に運び込まれ点滴三昧。
食欲などあるわけなく、しかも唇や舌や喉も痺れ始めていてむせるので食事も全く摂れません。
夜、背中に激痛が走り続け痛み止めの錠剤も座薬も効かないうえに隣のベッドの爺ちゃんが夜中ずっと唸り続けるので一睡も出来ないまま朝に。
木曜。明日金曜から外来休診だから、と一日中検査の目白押しです。病院中を車椅子で引きずり回されました。またもや夜は激痛で一睡も出来ず。
金曜。食事は相変わらず摂れないので点滴三昧。
昼過ぎ、主治医がベッドに。病名が告げられました。

ギラン・バレー症候群。
風邪などなんらかのウイルス感染をきっかけに自ら作り出した抗体が自らを攻撃するという発症の割合は年間十万人に一人か二人という国指定の難病。四肢の痺れから始まり全身の筋肉が動かなくなります。ただ、後遺症も少なく必ず完治する病気だそうで再発もしないんだそうです。
あのホタテマン安岡力也をも苦しめた難病、ギラン・バレー・・・。しかしまぁ、自らを自らで攻撃するなんてSとMが同居したような病気だな(笑)
さあ、病名判明したので病棟移動です。偉そうに個室です。
この病気を治す治療の一つ、免疫グロブリン点滴が始まりました。五本を丸一日かけて。それを五日間連続。
幸い副作用もないようで一安心。
この夜も背中の激痛で眠れず。

土曜。とうとう顔面にも痺れが及び、一人じゃ体を起こす事も出来ず、小便もベッド上で尿瓶でするしかなくなりました。
言葉も呂律が回らなくなり、痛み止め服用し過ぎて胃痛も酷い。
見兼ねた主治医が背中の痛み止めにとステロイド点滴をしてくれたおかげで夜は少し眠ることが出来ました。
本日日曜。食事が摂れない俺のために嫁さんが大量に買ってきてくれたウイダーインゼリーが有り難い。選び放題です。痰が絡んでも咳き込む筋力がないため看護士さんに吸引をしてもらうが、余計苦しかった(笑)もう顔面の左側は完全に痺れ、目も閉じれません。呂律もより酷くなってます。寝たきりです。症状のピークは約一~二週間で訪れ、その後は落ち着いて行くそうなんですが俺はまだ進行段階にあるようです。
先程、幾分気持ちに余裕が出来たのでiPodを。一曲目には大好きなユースアンセム「未だ見ぬ夜明けを」を選曲。なんか溜まってたのが爆発したのかベッドで一人号泣してしまいました。そのタイミングで昼食配膳・・・、気まずそうに去っていかれました(笑)

今後の事を考えると不安ですがリハビリ等頑張って必ず復活します。
しかし申し訳ないのですが今月30日のジャンゴでのパンクアライブスオールナイトライブで叩くのは不可能です。しかしビルドは出演します。ヘルプはなんとソウルクラフトの木村さん!観たい!(笑)誰か映像よろしくお願いします、必ず(笑)。尊敬するドラマーにヘルプして頂けるおかげで12年やってきて初のライブ欠場の悔しさが半減します。本当にありがとうございます。

ここまで書くのに手がうまく動かないせいで数時間かかりました。誤字脱字あるかと思いますが御容赦下さい。
コメントレスは出来ないかもですがこちらも何卒御容赦下さい。
長文失礼しました。読んでくれた方ありがとうございます。
では。

ビルド ドラム担当 奥村一久