人生の「失敗」ってなんだろう
ごぶさたしています。どんな夏をお過ごしになりましたか?お祭りや花火大会も復活し、猛暑の中でも外出する機会が増えたでしょうか。私も久しぶりに少しばかり遠出をしました。そんな時のお伴は「本」です。遠出でもあったため、この夏は、たくさんの本を読めました。その中でも「水を縫う」(寺地はるな著)という小説、おすすめです。祖母、母、おねえちゃん、弟、それ以外にも登場してくる人がいますが、ひとりひとりの生き方に、ツタのように絡まる、「ねばならない」「こうではいけない」。どの人物たちも、そうしたものに疑問を感じつつ日常を送っています。中でも、祖母とその娘(姉と弟のふたりの子どもをもつ母親でもあります)のやりとりに、心を動かされました。祖母から、子どもには「失敗する権利」があることを指摘されます。そのたびに、母親となった娘はモヤモヤしてしまいます。なぜでしょう。祖母の「自由に生きなさい」「自分で判断して決めていい」といった態度は、子どもに無関心だと母親はいうのです。母親自身、実際、祖母のそうした態度に「寂しさ」を感じてきたのです。それに、自分は子どもに失敗などしてほしくないんだと主張します。「何が失敗?」祖母が娘である母親に聞くところがあります。「自分の思い通りに育たなかったら失敗?」黙っている母親に、祖母は続けます。「だとしたら、(子どもには)失敗する権利があるんちゃうの?」心理臨床の現場で、多くの悩める親たちに出会います。子どものことを思って、愛情があるからこそ、良かれと思って、時に先回りし、時に考えを押し付けてしまいます。子どもが傷つくことを恐れ、子どもが冒険に出ることを止めてしまうこともあります。さらに、それは子どもにとって幸せだんなと想おうとします。子育ての過程で親が考える「失敗」ってなんなのでしょう。愛情があるなら、子どもに「失敗」はさせないほうがいいんでしょうか。私自身、子育てをしてきた身として、また、悩める親と出会う心理職として、これまでも、「失敗する権利」についていろいろと考える機会がありました。「失敗」ってなんだろう。逆に「成功」って何なんだろう。あるところで、祖母が、みんなと違い、いじめにあいかねない子どもを育てている娘にむかって、こんな言葉を投げかけます。「だいじょうぶよ。‥‥(あの子には)好きなものがある。」「それがあの子の芯になる。」ひとりの人間が成長し、自分自身になっていく過程に寄り添う者として、「芯になる」ものをクライエントと確認し合い、共有できる体験をもっていきたいと思いました。「水を縫う」、読書の秋まで待たず、ぜひ読んでみて。(ま)