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ここをご覧になる方は少ないかと思いますが、ひとまずお知らせします。
今までヤプログさんにはお世話になりましたが、今月いっぱいで終了するそうです。
ですので、近いうちに別のブログサイトのほうで再開します!
せっかくの「手塚治虫のブッダ」専用ブログですので、やめません!
決まり次第、また記事投稿します。
よろしくお願いいたします。
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よろしくお願いいたします。
お久しぶりすぎてきっと忘れられてるであろうかと思いつつ、復活しました!!
ここ1年何をしていたのかと言いますと・・・・
1 去年度、町内会の役やらされた。めんどくさかった、今だから言おう。
2 とうとうお遍路バスツアーに足を突っ込みました!
とはいえ、4回くらいで今はストップ。
3 加えて今年から西国霊場も!(今年1300年記念ですよ~ご朱印には記念スタンプ付き)
いや・・・ね。まさか去年から行こうよ!!って家族から勧められるとは思いませんでしたよ。
ふふ、勢いあまって洛陽観音霊場も回ってますよ・・・西国と近所の札所がかぶったりするので。
あ~~京都来てるんだ~~ってなんだか満喫しちゃいました。あー楽しいな。
普通に観光するより充実しますね、好きだな・・・霊場巡りは。
さて、本題です。
「甘露の迷図」最新話を載せます。王子のこと忘れてませんよ~~!
まだ終わらなくてすみません。
甘露の迷図 第1話
第2話
第3話(前編)
第3話(後編)
第4話
第5話は追記にて。 第5話
「やはり、ここも駄目か・・・」
行き止まりの壁の如く立ちはだかる兵士の影を前に、シッダールタはそう呟くと溜息をつくしかなかった。
昨日のことがすでに何日も過ぎていったような錯覚だった。
単調な生活に戻り――というのは表面上で、謹慎を言い渡されたシッダールタにとっては、この上なく時の流れの緩やかさを苦痛に感じていたのである。
そしてこれまでよりも気ままに行動できなくなって、珍しく苛立っていた。今まで何度この身分の窮屈さを呪ったことがあったか。それを思うと、いてもたってもいられない。
私室から一歩出ると、扉を守る衛兵が立ち一斉に緊張を張り巡らせる。ついてくることはなかったが、少し先までは見逃さまいと強い視線を感じるのだった。
別の自分の宮殿へ移ろうと考え、普段使うことのない回廊を歩いてみたが、そこにも衛兵達に囲まれていて油断ならなかった。父王の一声でここまで出来るということは、将来自分が王となればこれほどに権限が与えられるというあらわれであって、シッダールタはどうにも拭えない違和感に苛まれそうであった。
あれからミゲーラはどうしただろう。腕に負った怪我の具合も気になるし、奴隷の子供達の行く末も気がかりだ。
独り部屋の中で悶々とした心地で部屋の端に立ち、ふと窓の外を眺めた。
柔らかな綿花の群れのような雲と青々とした昊を見て、少しだけ心が慰められる。眼下には、庭園の蓮池と大階段に腰掛ける母と侍女の姿が見えた。
母のパジャーパティは滑らかな絹地のサリーを纏い、侍女と談笑している。それは日常の変わらない光景だ。しかしごく限られ与えられた者だけが許されるのだということは、シッダールタにはよく分かっていた。
この宮殿だけの世界で生きている母に、そして同じく父にもこの自分の思いは伝わらない。思わず彼らを半ば責めたくなるような気持ちもあるが、同時にそっとしておくべきだという考えもあった。
しばらくの後、柔らかな風に混じり合図の鈴の音が、背後から聞こえてきた。鳴らし癖から、それがチャンナのおとないだと分かる。シッダールタはゆっくりと振り返った。
「王子様。どうかこちらへ」
「どうしたのだ?」
「実はお話したいことがございまして」
声を落としての神妙なチャンナの口ぶりに、いつも以上に気を遣っているようであった。訝しんで問い返そうと思った瞬間、覚えのある声が届く。
「シッダールタ!!」
何でもしなやかに軽々と飛び越えてくるようなあの雰囲気は、彼女しかいない。
――ミゲーラだ。
シッダールタはどきりと妙に緊張した。日ごろ何度も思いだし、案じていた相手が目の前に居るのだ。しかし、いつものように自然体で現れた少女は、口元に余裕を含んだ笑みをのせていた。それから額には麻の組紐で出来た飾りがよく似合っていた。つい見惚れそうになったが、慌てて居ずまいを正した。
「ふふ、びっくりした?」
言葉も出なかったシッダールタは、やっとのことで口を開いた。
「・・・・まさか君がこんな所にまで出没するなんてね」
「まあそう言うだろうと思ったけどさ。盗賊ミゲーラ様をなめないでよね」
「それより、腕の怪我は?もう大丈夫なのか?」
「ああ、それならへーき。あんたって心配性なんだねぇ」
あっけらかんとしたミゲーラとは対照的に、なかなか渋面を解けないシッダールタは、口を引き結んだままだった。
「チャンナから聞いたよ。あんた謹慎中なんだって? 勝手に遊び歩いてたって、王様に怒られたんでしょ?」
「・・・・・・そういう言い方もあるね」
「もう、素直に認めなさいって」
渋々ながら答えたシッダールタに、ミゲーラは呆れたような口調である。
けれどシッダールタは気にもとめず、真顔で問うた。
「それで・・・・・・あの子供達はどうなったのだ。気になって仕方がないのだが」
「そうそう、それなんだけど・・・」
と、ミゲーラは得意げににやりと笑みを浮かべ、今の状況の説明をはじめた。
シッダールタが帰った後のこと--小屋で何とかしのいでいる子供達の元へ行こうとしている道すがら、意外な者と遭遇したのだ。何度か遠くからちらりとしか見てはなくとも、元来の観察眼でそれを見抜くことができた。シッダールタの代わりに来てくれたのだろうと。
「でさ!な~んとそこにチャンナが来たのよ。びっくりした~、協力してくれるって言うしさ。あんたって、初めて会ったときからお人好しだけど、この子もそうなんだ」
「そうって・・・・・・?」
シッダールタは、先ほどからミゲーラのすぐ後ろで控えているチャンナへ目を向けると、彼はがばりと頭を垂れた。
「王子様・・・・申し訳ございません!」
「どうした?」
「実は・・・・・・その。王子様の装飾品をお金に換えました。以前、私にお分け下さったものを」
「そうか」
「あ~・・・・・・っとね、ほんと言うと、あたしが発破かけちゃったっていうか。融通効かせろってさ」
それ以上は察してほしいんだけど、とミゲーラは苦笑いで肩をすくめた。なるほど、盗賊らしい発想でもあるし、決して褒められる行為でもないが、それでも手をこまねいているよりはずっといい。
シッダールタは、チャンナの立場や内心ではずいぶん悩んだろうと申し訳なく感じつつも、ありがたい気持ちの方が殊更に強かった。
「いいのだ、二人とも・・・・・・チャンナ、苦労をかけたね。ミゲーラ、君の機転に感謝する。私では思いつかなかった」
そう答えるシッダールタの口元には、笑みが滲んだ。安堵するのと同時に、自分が動くよりもむしろ好転したのも不思議な気持ちである。
だがそちらの問題は解決したにしても、ローヒニー河の干害についてなど、どうしようもないことになりはしないかと思えてくる。再び沈黙してしまったシッダールタへ、ミゲーラは「どうしたの?」と顔をのぞき込んできた。
「いや・・・・・・」
「まだ悩んでるのかい?」
「ミゲーラ、きっと王子様は河のことを考えていらっしゃるんじゃないか」
と代わりにチャンナが答えてくれた。小首をかしげていたミゲーラは何度か頷くと、少々目線を外へそらしつつ言った。
「ああ、そのこと。うーん、仕方ないんじゃないのかい? だったらお天道様のご機嫌取りでもする?」
茶化すように言うミゲーラの言葉に、はたと何か思い出したのか、チャンナは天を仰いだ。そしてシッダールタの方へ向き直った。
「・・・・・・そうでした! 王子様、ご謹慎中だったのでお知らせしそこないましたが、昨日、陛下が儀式をするとお決めになったんです」
「・・・・・・雨乞いか」
手持ちぶさた気味に窓の外を眺めていたミゲーラは、シッダールタの呟きに振り返った。大きな瞳をやや細め顔を合わすと、いぶかしげにシッダールタに訊いてくる。
「はあ? 雨乞い? するの? あんたが」
「違うよ。私じゃなくてバラモン達がするだろう。昨日父上達がそう決めたようだ」
「雨乞いってどんなことするのさ」
「多分・・・・お祈りとかヴェーダを詠みあげたりとかじゃないかな」
雨乞いの儀式以外であれば、幼い頃から時々父の命で参列させられたことがある。まだ実際に見たことはないが、多分同じようなものだろうと、シッダールタは答えたのだった。
するとミゲーラは、一旦眉を寄せてから腕を組み短く嘆息し、素っ気ない口ぶりで言い放った。
「あっそう。シッダールタは本気であんな・・・ってお近づきになったわけじゃないけど、バラモン達のいうことやること信じてるのか」
「信じるも何も・・・昔から王宮ではそういうしきたりなのだし」
「あたしはそんなの信じない。あんな偉そうなバラモン達のいうこと本気で信じてるなんて莫迦みたい」
「でも・・・父上も王宮にいる者はみんな信じていると思う」
「ふーん、そう」
ちっとも納得出来ないと言わんばかりのミゲーラに、シッダールタは心に生き生きとした風が吹きぬけたような心地で、小さく何度も頷いた。
「・・・・・・そうか『信じない』という考えもあるんだね。今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ」
「そんな・・・王子様、この者の戯れ言など鵜呑みになさらないで下さい!」
「いや、一理あると思わないか?」
「王子様!!何てことを!!」
シッダールタは、珍しく大きな声を上げるチャンナの様子に思わず目を見開いた。
たしなめてくるチャンナの気持ちも分からない訳でもない。王子がそのような考えに得心するなどあってはならぬことなのだから。
なおもチャンナはその勢いのまま、矛先をミゲーラへと移した。
「ミゲーラ、お前のせいで王子様のお心を惑わせるようなことを言うから・・・」
「何言ってんのさ。あたしは世間知らずな王子様の教育係! 文句言わないでおくれよ」
「何が教育係だ。不遜が過ぎるぞ!」
「あのさ、宮殿なんぞに閉じ込められてる方がよっぽど為にならないっての。現にしょうもないこと信じちゃってたじゃないさ」
「しょうもないとは何だ!」
とうとうシッダールタを置いてけぼりにして、二人は侃々諤々の言い争いになりそうだった。
シッダールタはぽつんと置かれたまま聞いていたが、このまま不毛な状態は堪えられなかった。元来諍いごとを極力避けてきたのだ。これ以上は辛いからと、振り絞るような声で告げた。
「・・・・・・すまないが、私のことで喧嘩はやめて欲しい」
シッダールタの真摯な口調に、やっと二人は口を閉じた。ぴたりと収まった二人の沈黙に、シッダールタはほっとする。
「ごめん」
「申し訳ありませんでした」
否と軽く首を振ると、シッダールタは各々を見やりつつ「ともかく…」と言葉をつないで
「雨乞いの儀式を否定するつもりはない。父上が苦慮されてのことなのだ。チャンナ、私も出席の義務があるのか」
「いえ、そこまでは聞いていません」
チャンナがそう答えると、シッダールタは頷いた。
「正式に決まったら、知らせるのだ」
「はい、承知しました」
チャンナは慇懃に頭を下げた後、何故だか途端に壁際に走り寄った。そして、そそくさと木製の台に置かれた盆を持ち上げながら、
「すみません、除虫香が切れてました。すぐお取り替えいたします」
と部屋を出ていった。シッダールタがそれを見送っていると、しれっとミゲーラが言ってのけた。
「チャンナと一緒に出ちゃえば?」
「ーーっ!!」
「シッダールタって、ほんと律儀」
くすくすとミゲーラに笑われ、シッダールタはどう返したらいいのか困惑した。ぐっと口をつぐんでしまうと二人の間に静寂が横たわる。
いつだって彼女はこうなのだ。自分にはない快活さがあり、眩しくも感じている。もちろんこの沈黙だって嫌ではない。
「・・・・・・ここさ、涼しいよね」
「ん?」
「木陰にいるよりもここのが涼しい。うらやましいなぁ」
ミゲーラはうっすらと滲む額の汗を拭いながら、嫌味のない口調で言った。
意識してみれば、遠くからさわさわと竹の葉が擦れ合う音が届き、時々清涼な風が吹き込んでくるのが肌で感じられて、心地よい空間である。
「外はすごく暑いよ。今日も日射病でバタバタ倒れてる連中見かけたし」
「そうなのか・・・・・・」
シッダールタにとっては閉じ込められているだけの場所が、言うなれば安息の間となっているのだ。呟くように答えると、ミゲーラと目が合った。柔らかな視線で見つめてくれるのはきっと安心させるためだ。
「あたしらだって、お互い助け合って頑張ってる。だから、あんたはあんたでできることをすればいいのさ」
「ああ」
「そのための王子様でしょ?」
「まだまだ非力だけどね」
そう互いにうべない合ったところで、俄かに慌ただしい足音が近づいてくる。聞こえてくる足運びのくせでチャンナだろうかと思った時、案の定飛び込んできたのは本人だった。
除虫香の盆を持って出たはずなのに、何も持っていない。チャンナはすばやくシッダールタへ会釈し、つかつかとミゲーラに近づいた。
「ミゲーラ。帰れ!」
「げっ!誰か来た?」
「もうすぐ侍従が様子伺いにこちらにくる。行け、今のうちだ」
ぎょっとしたミゲーラは反射的に扉の方へ向いた。シッダールタが声をかけようとした瞬間、つと振り返った。ふわりと髪飾りを揺らし、きりりとした眼差しで口元には微笑みをのせている。それが刹那、女神のように見えてはっとした。
「・・・・・・ミゲーラ」
「じゃ、あたし帰るわ!」
くるりと背中を向け、西日が差し込み始めた空へ向かうように窓辺へかけよった。窓枠にぐんと前のめりに両手をかけ、器用に登ろうとしてからミゲーラらしい一言を言い放った。
「毎日晴れてるのだって、あんたのせいじゃないんだから落ち込まないでよ!」
聞き終わるより先に、あっという間に姿を消した。さすがに盗賊とその行動に舌を巻く。
去り際にそんな言葉を投げるミゲーラを、シッダールタは静かに見送った。
――ありがとう、と。
〈続く〉
ここ1年何をしていたのかと言いますと・・・・
1 去年度、町内会の役やらされた。めんどくさかった、今だから言おう。
2 とうとうお遍路バスツアーに足を突っ込みました!
とはいえ、4回くらいで今はストップ。
3 加えて今年から西国霊場も!(今年1300年記念ですよ~ご朱印には記念スタンプ付き)
いや・・・ね。まさか去年から行こうよ!!って家族から勧められるとは思いませんでしたよ。
ふふ、勢いあまって洛陽観音霊場も回ってますよ・・・西国と近所の札所がかぶったりするので。
あ~~京都来てるんだ~~ってなんだか満喫しちゃいました。あー楽しいな。
普通に観光するより充実しますね、好きだな・・・霊場巡りは。
さて、本題です。
「甘露の迷図」最新話を載せます。王子のこと忘れてませんよ~~!
まだ終わらなくてすみません。
甘露の迷図 第1話
第2話
第3話(前編)
第3話(後編)
第4話
第5話は追記にて。 第5話
「やはり、ここも駄目か・・・」
行き止まりの壁の如く立ちはだかる兵士の影を前に、シッダールタはそう呟くと溜息をつくしかなかった。
昨日のことがすでに何日も過ぎていったような錯覚だった。
単調な生活に戻り――というのは表面上で、謹慎を言い渡されたシッダールタにとっては、この上なく時の流れの緩やかさを苦痛に感じていたのである。
そしてこれまでよりも気ままに行動できなくなって、珍しく苛立っていた。今まで何度この身分の窮屈さを呪ったことがあったか。それを思うと、いてもたってもいられない。
私室から一歩出ると、扉を守る衛兵が立ち一斉に緊張を張り巡らせる。ついてくることはなかったが、少し先までは見逃さまいと強い視線を感じるのだった。
別の自分の宮殿へ移ろうと考え、普段使うことのない回廊を歩いてみたが、そこにも衛兵達に囲まれていて油断ならなかった。父王の一声でここまで出来るということは、将来自分が王となればこれほどに権限が与えられるというあらわれであって、シッダールタはどうにも拭えない違和感に苛まれそうであった。
あれからミゲーラはどうしただろう。腕に負った怪我の具合も気になるし、奴隷の子供達の行く末も気がかりだ。
独り部屋の中で悶々とした心地で部屋の端に立ち、ふと窓の外を眺めた。
柔らかな綿花の群れのような雲と青々とした昊を見て、少しだけ心が慰められる。眼下には、庭園の蓮池と大階段に腰掛ける母と侍女の姿が見えた。
母のパジャーパティは滑らかな絹地のサリーを纏い、侍女と談笑している。それは日常の変わらない光景だ。しかしごく限られ与えられた者だけが許されるのだということは、シッダールタにはよく分かっていた。
この宮殿だけの世界で生きている母に、そして同じく父にもこの自分の思いは伝わらない。思わず彼らを半ば責めたくなるような気持ちもあるが、同時にそっとしておくべきだという考えもあった。
しばらくの後、柔らかな風に混じり合図の鈴の音が、背後から聞こえてきた。鳴らし癖から、それがチャンナのおとないだと分かる。シッダールタはゆっくりと振り返った。
「王子様。どうかこちらへ」
「どうしたのだ?」
「実はお話したいことがございまして」
声を落としての神妙なチャンナの口ぶりに、いつも以上に気を遣っているようであった。訝しんで問い返そうと思った瞬間、覚えのある声が届く。
「シッダールタ!!」
何でもしなやかに軽々と飛び越えてくるようなあの雰囲気は、彼女しかいない。
――ミゲーラだ。
シッダールタはどきりと妙に緊張した。日ごろ何度も思いだし、案じていた相手が目の前に居るのだ。しかし、いつものように自然体で現れた少女は、口元に余裕を含んだ笑みをのせていた。それから額には麻の組紐で出来た飾りがよく似合っていた。つい見惚れそうになったが、慌てて居ずまいを正した。
「ふふ、びっくりした?」
言葉も出なかったシッダールタは、やっとのことで口を開いた。
「・・・・まさか君がこんな所にまで出没するなんてね」
「まあそう言うだろうと思ったけどさ。盗賊ミゲーラ様をなめないでよね」
「それより、腕の怪我は?もう大丈夫なのか?」
「ああ、それならへーき。あんたって心配性なんだねぇ」
あっけらかんとしたミゲーラとは対照的に、なかなか渋面を解けないシッダールタは、口を引き結んだままだった。
「チャンナから聞いたよ。あんた謹慎中なんだって? 勝手に遊び歩いてたって、王様に怒られたんでしょ?」
「・・・・・・そういう言い方もあるね」
「もう、素直に認めなさいって」
渋々ながら答えたシッダールタに、ミゲーラは呆れたような口調である。
けれどシッダールタは気にもとめず、真顔で問うた。
「それで・・・・・・あの子供達はどうなったのだ。気になって仕方がないのだが」
「そうそう、それなんだけど・・・」
と、ミゲーラは得意げににやりと笑みを浮かべ、今の状況の説明をはじめた。
シッダールタが帰った後のこと--小屋で何とかしのいでいる子供達の元へ行こうとしている道すがら、意外な者と遭遇したのだ。何度か遠くからちらりとしか見てはなくとも、元来の観察眼でそれを見抜くことができた。シッダールタの代わりに来てくれたのだろうと。
「でさ!な~んとそこにチャンナが来たのよ。びっくりした~、協力してくれるって言うしさ。あんたって、初めて会ったときからお人好しだけど、この子もそうなんだ」
「そうって・・・・・・?」
シッダールタは、先ほどからミゲーラのすぐ後ろで控えているチャンナへ目を向けると、彼はがばりと頭を垂れた。
「王子様・・・・申し訳ございません!」
「どうした?」
「実は・・・・・・その。王子様の装飾品をお金に換えました。以前、私にお分け下さったものを」
「そうか」
「あ~・・・・・・っとね、ほんと言うと、あたしが発破かけちゃったっていうか。融通効かせろってさ」
それ以上は察してほしいんだけど、とミゲーラは苦笑いで肩をすくめた。なるほど、盗賊らしい発想でもあるし、決して褒められる行為でもないが、それでも手をこまねいているよりはずっといい。
シッダールタは、チャンナの立場や内心ではずいぶん悩んだろうと申し訳なく感じつつも、ありがたい気持ちの方が殊更に強かった。
「いいのだ、二人とも・・・・・・チャンナ、苦労をかけたね。ミゲーラ、君の機転に感謝する。私では思いつかなかった」
そう答えるシッダールタの口元には、笑みが滲んだ。安堵するのと同時に、自分が動くよりもむしろ好転したのも不思議な気持ちである。
だがそちらの問題は解決したにしても、ローヒニー河の干害についてなど、どうしようもないことになりはしないかと思えてくる。再び沈黙してしまったシッダールタへ、ミゲーラは「どうしたの?」と顔をのぞき込んできた。
「いや・・・・・・」
「まだ悩んでるのかい?」
「ミゲーラ、きっと王子様は河のことを考えていらっしゃるんじゃないか」
と代わりにチャンナが答えてくれた。小首をかしげていたミゲーラは何度か頷くと、少々目線を外へそらしつつ言った。
「ああ、そのこと。うーん、仕方ないんじゃないのかい? だったらお天道様のご機嫌取りでもする?」
茶化すように言うミゲーラの言葉に、はたと何か思い出したのか、チャンナは天を仰いだ。そしてシッダールタの方へ向き直った。
「・・・・・・そうでした! 王子様、ご謹慎中だったのでお知らせしそこないましたが、昨日、陛下が儀式をするとお決めになったんです」
「・・・・・・雨乞いか」
手持ちぶさた気味に窓の外を眺めていたミゲーラは、シッダールタの呟きに振り返った。大きな瞳をやや細め顔を合わすと、いぶかしげにシッダールタに訊いてくる。
「はあ? 雨乞い? するの? あんたが」
「違うよ。私じゃなくてバラモン達がするだろう。昨日父上達がそう決めたようだ」
「雨乞いってどんなことするのさ」
「多分・・・・お祈りとかヴェーダを詠みあげたりとかじゃないかな」
雨乞いの儀式以外であれば、幼い頃から時々父の命で参列させられたことがある。まだ実際に見たことはないが、多分同じようなものだろうと、シッダールタは答えたのだった。
するとミゲーラは、一旦眉を寄せてから腕を組み短く嘆息し、素っ気ない口ぶりで言い放った。
「あっそう。シッダールタは本気であんな・・・ってお近づきになったわけじゃないけど、バラモン達のいうことやること信じてるのか」
「信じるも何も・・・昔から王宮ではそういうしきたりなのだし」
「あたしはそんなの信じない。あんな偉そうなバラモン達のいうこと本気で信じてるなんて莫迦みたい」
「でも・・・父上も王宮にいる者はみんな信じていると思う」
「ふーん、そう」
ちっとも納得出来ないと言わんばかりのミゲーラに、シッダールタは心に生き生きとした風が吹きぬけたような心地で、小さく何度も頷いた。
「・・・・・・そうか『信じない』という考えもあるんだね。今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ」
「そんな・・・王子様、この者の戯れ言など鵜呑みになさらないで下さい!」
「いや、一理あると思わないか?」
「王子様!!何てことを!!」
シッダールタは、珍しく大きな声を上げるチャンナの様子に思わず目を見開いた。
たしなめてくるチャンナの気持ちも分からない訳でもない。王子がそのような考えに得心するなどあってはならぬことなのだから。
なおもチャンナはその勢いのまま、矛先をミゲーラへと移した。
「ミゲーラ、お前のせいで王子様のお心を惑わせるようなことを言うから・・・」
「何言ってんのさ。あたしは世間知らずな王子様の教育係! 文句言わないでおくれよ」
「何が教育係だ。不遜が過ぎるぞ!」
「あのさ、宮殿なんぞに閉じ込められてる方がよっぽど為にならないっての。現にしょうもないこと信じちゃってたじゃないさ」
「しょうもないとは何だ!」
とうとうシッダールタを置いてけぼりにして、二人は侃々諤々の言い争いになりそうだった。
シッダールタはぽつんと置かれたまま聞いていたが、このまま不毛な状態は堪えられなかった。元来諍いごとを極力避けてきたのだ。これ以上は辛いからと、振り絞るような声で告げた。
「・・・・・・すまないが、私のことで喧嘩はやめて欲しい」
シッダールタの真摯な口調に、やっと二人は口を閉じた。ぴたりと収まった二人の沈黙に、シッダールタはほっとする。
「ごめん」
「申し訳ありませんでした」
否と軽く首を振ると、シッダールタは各々を見やりつつ「ともかく…」と言葉をつないで
「雨乞いの儀式を否定するつもりはない。父上が苦慮されてのことなのだ。チャンナ、私も出席の義務があるのか」
「いえ、そこまでは聞いていません」
チャンナがそう答えると、シッダールタは頷いた。
「正式に決まったら、知らせるのだ」
「はい、承知しました」
チャンナは慇懃に頭を下げた後、何故だか途端に壁際に走り寄った。そして、そそくさと木製の台に置かれた盆を持ち上げながら、
「すみません、除虫香が切れてました。すぐお取り替えいたします」
と部屋を出ていった。シッダールタがそれを見送っていると、しれっとミゲーラが言ってのけた。
「チャンナと一緒に出ちゃえば?」
「ーーっ!!」
「シッダールタって、ほんと律儀」
くすくすとミゲーラに笑われ、シッダールタはどう返したらいいのか困惑した。ぐっと口をつぐんでしまうと二人の間に静寂が横たわる。
いつだって彼女はこうなのだ。自分にはない快活さがあり、眩しくも感じている。もちろんこの沈黙だって嫌ではない。
「・・・・・・ここさ、涼しいよね」
「ん?」
「木陰にいるよりもここのが涼しい。うらやましいなぁ」
ミゲーラはうっすらと滲む額の汗を拭いながら、嫌味のない口調で言った。
意識してみれば、遠くからさわさわと竹の葉が擦れ合う音が届き、時々清涼な風が吹き込んでくるのが肌で感じられて、心地よい空間である。
「外はすごく暑いよ。今日も日射病でバタバタ倒れてる連中見かけたし」
「そうなのか・・・・・・」
シッダールタにとっては閉じ込められているだけの場所が、言うなれば安息の間となっているのだ。呟くように答えると、ミゲーラと目が合った。柔らかな視線で見つめてくれるのはきっと安心させるためだ。
「あたしらだって、お互い助け合って頑張ってる。だから、あんたはあんたでできることをすればいいのさ」
「ああ」
「そのための王子様でしょ?」
「まだまだ非力だけどね」
そう互いにうべない合ったところで、俄かに慌ただしい足音が近づいてくる。聞こえてくる足運びのくせでチャンナだろうかと思った時、案の定飛び込んできたのは本人だった。
除虫香の盆を持って出たはずなのに、何も持っていない。チャンナはすばやくシッダールタへ会釈し、つかつかとミゲーラに近づいた。
「ミゲーラ。帰れ!」
「げっ!誰か来た?」
「もうすぐ侍従が様子伺いにこちらにくる。行け、今のうちだ」
ぎょっとしたミゲーラは反射的に扉の方へ向いた。シッダールタが声をかけようとした瞬間、つと振り返った。ふわりと髪飾りを揺らし、きりりとした眼差しで口元には微笑みをのせている。それが刹那、女神のように見えてはっとした。
「・・・・・・ミゲーラ」
「じゃ、あたし帰るわ!」
くるりと背中を向け、西日が差し込み始めた空へ向かうように窓辺へかけよった。窓枠にぐんと前のめりに両手をかけ、器用に登ろうとしてからミゲーラらしい一言を言い放った。
「毎日晴れてるのだって、あんたのせいじゃないんだから落ち込まないでよ!」
聞き終わるより先に、あっという間に姿を消した。さすがに盗賊とその行動に舌を巻く。
去り際にそんな言葉を投げるミゲーラを、シッダールタは静かに見送った。
――ありがとう、と。
〈続く〉
久しぶりすぎて、すみません。
このところ雨やら花粉症やらで「春だな~」と感じる今日この頃です。
・・・・・・花祭り、やりませんでした(汗)
重ね重ねすみませんです<(_ _)>
さて。以前イベントで出したコピー本の解禁をしようかと思いまして。
タイトル『Karuna』です。
初のBUDDHA2ですね~。2ってなかなかにシリアス路線なので難しかったです(汗)
本文は追記にて。
ではでは~。
【Karuna】 (カルナー)
意味 悲 : 他者の苦しみをなくしてあげたいという優しさ
ひどく、眩暈がした。
焼け付くような陽の暑さに負けたのだろうか、ふわりと目の前に映る景色が歪んだ。
たった一瞬の出来事。
少なくとも、そう感じていた。
◆ ◆ ◆
マガダ国へ向かう荒れ果てた道を歩きながら、シッダールタは前を歩くデーパの背中
を追っていた。
自分の背に、足を怪我した幼い少年僧のアッサジを背負っている。裸足では何度も
足場を取られそうになり、一歩ずつ慎重に踏みしめながら歩く。
たえずアッサジの荒い息遣いが耳元に響いてくる。放ってはおけなかった。けして足
手まといだなどと思えなかった。
何とかしてやりたいと強く念じながら、ひたすら先を急いだ。
なのに。身体は心とは相反するかのようであった。
身体の芯が何とも心許なく、ぐにゃりと熱で溶けていく蝋燭のようにがっくりと膝を
ついた。
その時脳裏に浮かび上がった記憶に、若干の息苦しさを覚える。あれは確かにシャカ国
の宮殿のどこかだったと思う。言い争う声も遠くより聞こえていたような――。
「何をしている?」
低く、無愛想なデーパの声で、シッダールタは気を取り戻していたのだとわかった。
足がぴたりと止まっていたのを気にして振り向いてくれたのだ、と気がつくと心の内に安堵する。
「いえ、何も」
「・・・・・・そうか」
ウルべーラの森、すなわち修行者の行き着く先である苦行林へ。
目的を同じくする者として、互いに交わす言葉は少なくとも、それで良かった。
それよりも、今まで変調もなかった我が身の強さはどこに消えてしまったのだろうかと思うと、
もどかしい。
独り、流離いながら歩いていた頃の方がずっと楽であった。
険しく先の見えぬ旅路でも、求めていく信念に自信もあるのだから、と。
しかし、今は二人を伴いながら道を行くことと関わりがあるやもしれない。シッダールタは、
目の前に広がる無味乾燥とした砂地をすがめながら見つめると、再び歩き出したのだった。
幾日も、幾日も――数えることもなく様々な景色に流れ行くように、三人は旅を続けた。
アッサジの足の傷は、一進一退を繰り返しながら、完治には至らず、シッダールタはあること
を考えていた。
このままでは命に関わろう。熱を下げるには、元から絶つしかない。
そのような折、ガヤー近くで出会ったタッタという青年と出会った。彼は盗賊の一団を率いる
長である。それにふさわしい風格もあるように感じられた。盗賊ときき、シッダールタは遠い
過去を引き起こされて、胸の奥に微かな痛みを覚えた。
タッタは快く自分のアジトの部屋を開け、アッサジの手当に手を貸してくれた。そのうちに
何故か自分を探していたのだと話し出したのだ。
彼は幼い頃、シャカ国とコーサラ国との戦によって巻き込まれた犠牲者であった。
家族の無念を晴らしたい――誰しもが心に抱く理不尽な葛藤を、シッダールタへ訴えてきた。
「お願いだ! 王様になってコーサラ国を滅ぼしてくれ!」
タッタの瞳の中に宿る深い想いは、シッダールタは十分に理解していた。そのように懇願され
ても、何も持っていない自分の頼りなさを天秤にかけてみれば、断るという至言の返答ほどで
済んでしまう。
もとより王子という立場から決別し、未練など一片もない。決まり切った押し問答を繰りかえ
そうとも、期待を持たせるにもいかず、さりとて無碍にも出来ずに当惑していた。
「・・・・・・十年待って欲しい」苦し紛れについて出た言葉だった。シッダールタは滾る彼の心を
静めようと思いながら、そう告げた。
タッタは少々納得していないようであったが、それでも頷いてくれたのだった。
「タッタ? 帰ってたのかい?」
――まさか!?
シッダールタは振り返り、息をのんだ。薪を抱え、立っている女性。眼帯をしているが、その姿
は確かにミゲーラだ。
「・・・・・・ミゲーラ」
失明したミゲーラは、もう自分を映せることは出来ないのだ。それがどんなに辛く苦しいこと
であるのか、察するのもおこがましささえ感じた。
「すまない、ミゲーラ」
それだけ告げるのが精一杯だった。
驚いた彼女の走り去る後姿を見届け、シッダールタは嘆息した。
また会うこともない――これからのことを思えば、その方がむしろ良かった。これ以上、交わり
さえしなければ、傷つけずに済むのだから。
すっかり元気になったアッサジは、年相応の少年そのものである。
あどけなく、無邪気に遊び回るアッサジを眺めていると、不意に置いてきた過去を振り返って
しまう。
もしあのまま城に留まっていたら、息子のラーフラもいずれこの子のように成長した姿を見て
いただろう。望郷の念が胸にかすめる度に、シッダールタは小さく息をついた。そして、雑念が
入っただけと思い直すと立ち上がる。
独りになりたくて、仲間のいない場を求めて歩いていると、どうしても気に掛かることがあった。
このウルべーラの森にあって、何重かの苦しみに必死に耐えている女がいるではないか。
あの時。邂逅を果たしてから、それ程の時を待たずに再会した。
――ミゲーラの病を治すにはどうすればいいのか。何もしていないのが、罪悪のように感じられ
るのだ。
自分や仲間同様、苦行に勤しむだけで、本当にいいのだろうか。
悩むシッダールタに、アッサジは単純明快な答えを渡してきたのだ。
「シッダールタが助けるにゃ」
「助ける?・・・・・・私が? どうやって?」
「あの時、おいらにしてくれたようにするにゃ」
とても屈託なく告げるアッサジを見ていると、不思議とすんなり受け止められそうだった。
確かにアッサジの言うがままに従わねばならない。否、彼に言われる前から考えていたことだ
。ただ本当にせよと己に課すことにためらいが大いにあることを、シッダールタは自覚している。
それを恥と思い、自らを律し、一歩進み出ていくだけの気概を持つこと。今、少しずつ足りない
これらを懸命に寄せ集めて、一つにし、胸の奥へと落とし込んだ。
――行こう。決めたことではないか。
シッダールタは、大きく天を仰ぐと、心の内であらん限りに咆哮の如く言葉を解き放った。
――天の神々よ! 私に力と勇気を与えて下さい!
叫んだ瞬間、湿った風があおり立てるように強く吹きすさぶ。彼方から湧き出でたかのねずみ
色をした雲が空を覆っていく。ぽつりぽつりと雫が落ち始め、風に舞いやがて雨と化していく。
それは、シッダールタの決心を叱咤するための天からの授けだった。
心の底から決めたのだから、揺らがなかった。シッダールタは、まっすぐミゲーラとタッタの住む
洞穴へ向かった。
医師でもない人間がどこまで出来るのか。未知数でもやるしかない。
出迎えてくれたタッタに真顔で「ミゲーラを助ける」と呟くように伝えると、持っていた鉢を足下に
置き、ゆっくりと両膝をつく。そして寝たきりになっている彼女へ優しく声をかけた。
「・・・・・・ミゲーラ。分かるか?」
「シッダールタ?」
ミゲーラの乾いた唇が、微かに動いた。シッダールタは頷き、慎重に言葉を選びつつ話しかける。
「これからすることは、君にとって苦痛かもしれない。けれど、堪えて欲しい」
「お前さん、何する気だよ」
背中越しにタッタが不安げに口を挟んだ。シッダールタは振り返り、小さく首を振った。彼女の病
巣は身体中に広がっている。一刻も早くこの膿を吸い出さなければ。
意を決して、ミゲーラの二の腕へ唇を当てる。その刹那、タッタが「何してんだ!」と叫んだが、シ
ッダールタは構わず吸い続けた。
「おい! やめろ!何やって・・・・・・」
たまらずがっちりとシッダールタの肩をつかんでいたタッタは、シッダールタの意志の強さを感じ、
やおら手を放した。
繰り返し、吸い出しては鉢の中へ吐き出す。淡々とかつ真摯に治そうとする姿を、タッタはじっと
見つめた。
当惑しているミゲーラは、唇をかみしめながら体を強ばらせ、必死に堪えているようであった。
ミゲーラの腕の一部分まで吸い尽くすと、シッダールタはタッタの用意した水で、口を漱いだ。
「後は青かびを手に入れて、食べさせてやって欲しい。まずいだろうが、何とか工夫すれば・・・・・・」
「ああ、分かった」
シッダールタの言葉に、タッタは了解しながらふと眉を寄せた。
「こんなことまでさせちまって、悪かった」
「いいや。それより、治るまで続けよう」
微苦笑を浮かべて、シッダールタは眠っているミゲーラへ目をやった。
「本当にいいのか」
「ああ」
シッダールタはタッタに目を合わせると、はじめて互いに微笑した。
はじめてから数日経過すれば、あれほど広がっていた病巣も徐々に治癒つつあった。時々痛み
や痒みを訴えていたミゲーラだったが、今日は気分がいいのか何も言わなかった。
安心しながら、シッダールタはいつものように身体の様子を観察する。そっと皮膚を指先で触れ
てみても、膿は出てこない。内心ほっとしながら、黙って続けていた。
「どうして・・・・・・こんなことまでしてくれるんだい」
ためらいがちに言うミゲーラを、シッダールタはうつむいていた頭をおもむろに持ち上げて顔を
見つめた。
「あたしに同情してるんだったら、もうやめて。やっぱりあんたに憐れまれるなんて、ごめんだよ」
「・・・・・・ミゲーラ」
「大事な修行ほったらかしてすることじゃない。あんたは、あんたがしたいようにすればいいでしょ。
もう・・・・・・構わないで」
「放っておけると思うのか? 私が」
間髪いれずシッダールタはきっぱりと言い切った。
「目の前で苦しんでいる君を捨て置けるほど、私は強くない。それに、同情や憐れみだけで
ここにいるのではない」
「・・・・・・それって、どういう意味?」
いぶかしげに問うミゲーラを気遣うように、シッダールタは苦笑交じりに話し出す。
「私ひとりではない。タッタだって、君を心配している。君は私が出会ってから大切な存在だ。
ただ・・・・・・誤解しないで欲しい。私は出会う人すべてを大事にしたいと思っているだけだ」
「あんたって・・・・・・ほんと、お人好しだよ」
天を向いたまま力なく答えるミゲーラの声音は、微かに涙ぐんでいた。そして小さく息をつい
てから、あもむろにこちらへ顔を向けて微笑んだ。
「あたしの身体・・・・・・汚くなんかないって言ってくれて、嬉しかった。あんたって、昔から変わ
ってないんだね」
「・・・・・・そうか」
「タッタにね、あんたのこと話すんだ。いつも一生懸命してくれるって。そうしたらタッタのヤツ、
変に考え込んじゃって。きっと、あんたを気に入ってるのかもしれないね」
そう言うミゲーラの表情を見ながら、シッダールタは本当に快復しているのを感じて安堵し
ていた。
「ミゲーラ、もう休みなさい」
「ん、分かった」
素直に従って静かになったミゲーラを見届けると、シッダールタは外へ出た。
彼方の青々とした草原と林に、茜色の夕映えが煌めきまぶしく映っていた。引き込まれる
ように、眇めながら眺めていると、何故苦行をしているのだろうかと自問してしまう。
いたずらに肉体を痛めつけ、自分を見失ってしまえば、こんな美しい景色を美しいとも
感じないのではないか。清浄か不浄か、身体が傷つくことも病に苛まれことも、苦行とさし
て変わらないのではないか。
崇高な理想という目的だけで、仲間達は恵まれた身体を虐めることは、果たして正しい
のだろうか・・・・・・と。
思いも寄らなかった考えに、はっとする。
シッダールタにそう教えてくれたのは、きっとミゲーラのお陰だ。
人里から離れて隠れ住む二人が、この先穏やかに暮らせるよう――シッダールタはこ
み上げてくる思いを深く感じながら願った。
――私は、ひとりではない。
いつの間にか迎えに来ていたアッサジの笑顔に、そっと微笑み返す。
まだ求める答えは探し当ててはいない。もし探り当てた時、彼らに真っ先に伝えよう。
そう誓ったのである。
<了>
このところ雨やら花粉症やらで「春だな~」と感じる今日この頃です。
・・・・・・花祭り、やりませんでした(汗)
重ね重ねすみませんです<(_ _)>
さて。以前イベントで出したコピー本の解禁をしようかと思いまして。
タイトル『Karuna』です。
初のBUDDHA2ですね~。2ってなかなかにシリアス路線なので難しかったです(汗)
本文は追記にて。
ではでは~。
【Karuna】 (カルナー)
意味 悲 : 他者の苦しみをなくしてあげたいという優しさ
ひどく、眩暈がした。
焼け付くような陽の暑さに負けたのだろうか、ふわりと目の前に映る景色が歪んだ。
たった一瞬の出来事。
少なくとも、そう感じていた。
◆ ◆ ◆
マガダ国へ向かう荒れ果てた道を歩きながら、シッダールタは前を歩くデーパの背中
を追っていた。
自分の背に、足を怪我した幼い少年僧のアッサジを背負っている。裸足では何度も
足場を取られそうになり、一歩ずつ慎重に踏みしめながら歩く。
たえずアッサジの荒い息遣いが耳元に響いてくる。放ってはおけなかった。けして足
手まといだなどと思えなかった。
何とかしてやりたいと強く念じながら、ひたすら先を急いだ。
なのに。身体は心とは相反するかのようであった。
身体の芯が何とも心許なく、ぐにゃりと熱で溶けていく蝋燭のようにがっくりと膝を
ついた。
その時脳裏に浮かび上がった記憶に、若干の息苦しさを覚える。あれは確かにシャカ国
の宮殿のどこかだったと思う。言い争う声も遠くより聞こえていたような――。
「何をしている?」
低く、無愛想なデーパの声で、シッダールタは気を取り戻していたのだとわかった。
足がぴたりと止まっていたのを気にして振り向いてくれたのだ、と気がつくと心の内に安堵する。
「いえ、何も」
「・・・・・・そうか」
ウルべーラの森、すなわち修行者の行き着く先である苦行林へ。
目的を同じくする者として、互いに交わす言葉は少なくとも、それで良かった。
それよりも、今まで変調もなかった我が身の強さはどこに消えてしまったのだろうかと思うと、
もどかしい。
独り、流離いながら歩いていた頃の方がずっと楽であった。
険しく先の見えぬ旅路でも、求めていく信念に自信もあるのだから、と。
しかし、今は二人を伴いながら道を行くことと関わりがあるやもしれない。シッダールタは、
目の前に広がる無味乾燥とした砂地をすがめながら見つめると、再び歩き出したのだった。
幾日も、幾日も――数えることもなく様々な景色に流れ行くように、三人は旅を続けた。
アッサジの足の傷は、一進一退を繰り返しながら、完治には至らず、シッダールタはあること
を考えていた。
このままでは命に関わろう。熱を下げるには、元から絶つしかない。
そのような折、ガヤー近くで出会ったタッタという青年と出会った。彼は盗賊の一団を率いる
長である。それにふさわしい風格もあるように感じられた。盗賊ときき、シッダールタは遠い
過去を引き起こされて、胸の奥に微かな痛みを覚えた。
タッタは快く自分のアジトの部屋を開け、アッサジの手当に手を貸してくれた。そのうちに
何故か自分を探していたのだと話し出したのだ。
彼は幼い頃、シャカ国とコーサラ国との戦によって巻き込まれた犠牲者であった。
家族の無念を晴らしたい――誰しもが心に抱く理不尽な葛藤を、シッダールタへ訴えてきた。
「お願いだ! 王様になってコーサラ国を滅ぼしてくれ!」
タッタの瞳の中に宿る深い想いは、シッダールタは十分に理解していた。そのように懇願され
ても、何も持っていない自分の頼りなさを天秤にかけてみれば、断るという至言の返答ほどで
済んでしまう。
もとより王子という立場から決別し、未練など一片もない。決まり切った押し問答を繰りかえ
そうとも、期待を持たせるにもいかず、さりとて無碍にも出来ずに当惑していた。
「・・・・・・十年待って欲しい」苦し紛れについて出た言葉だった。シッダールタは滾る彼の心を
静めようと思いながら、そう告げた。
タッタは少々納得していないようであったが、それでも頷いてくれたのだった。
「タッタ? 帰ってたのかい?」
――まさか!?
シッダールタは振り返り、息をのんだ。薪を抱え、立っている女性。眼帯をしているが、その姿
は確かにミゲーラだ。
「・・・・・・ミゲーラ」
失明したミゲーラは、もう自分を映せることは出来ないのだ。それがどんなに辛く苦しいこと
であるのか、察するのもおこがましささえ感じた。
「すまない、ミゲーラ」
それだけ告げるのが精一杯だった。
驚いた彼女の走り去る後姿を見届け、シッダールタは嘆息した。
また会うこともない――これからのことを思えば、その方がむしろ良かった。これ以上、交わり
さえしなければ、傷つけずに済むのだから。
すっかり元気になったアッサジは、年相応の少年そのものである。
あどけなく、無邪気に遊び回るアッサジを眺めていると、不意に置いてきた過去を振り返って
しまう。
もしあのまま城に留まっていたら、息子のラーフラもいずれこの子のように成長した姿を見て
いただろう。望郷の念が胸にかすめる度に、シッダールタは小さく息をついた。そして、雑念が
入っただけと思い直すと立ち上がる。
独りになりたくて、仲間のいない場を求めて歩いていると、どうしても気に掛かることがあった。
このウルべーラの森にあって、何重かの苦しみに必死に耐えている女がいるではないか。
あの時。邂逅を果たしてから、それ程の時を待たずに再会した。
――ミゲーラの病を治すにはどうすればいいのか。何もしていないのが、罪悪のように感じられ
るのだ。
自分や仲間同様、苦行に勤しむだけで、本当にいいのだろうか。
悩むシッダールタに、アッサジは単純明快な答えを渡してきたのだ。
「シッダールタが助けるにゃ」
「助ける?・・・・・・私が? どうやって?」
「あの時、おいらにしてくれたようにするにゃ」
とても屈託なく告げるアッサジを見ていると、不思議とすんなり受け止められそうだった。
確かにアッサジの言うがままに従わねばならない。否、彼に言われる前から考えていたことだ
。ただ本当にせよと己に課すことにためらいが大いにあることを、シッダールタは自覚している。
それを恥と思い、自らを律し、一歩進み出ていくだけの気概を持つこと。今、少しずつ足りない
これらを懸命に寄せ集めて、一つにし、胸の奥へと落とし込んだ。
――行こう。決めたことではないか。
シッダールタは、大きく天を仰ぐと、心の内であらん限りに咆哮の如く言葉を解き放った。
――天の神々よ! 私に力と勇気を与えて下さい!
叫んだ瞬間、湿った風があおり立てるように強く吹きすさぶ。彼方から湧き出でたかのねずみ
色をした雲が空を覆っていく。ぽつりぽつりと雫が落ち始め、風に舞いやがて雨と化していく。
それは、シッダールタの決心を叱咤するための天からの授けだった。
心の底から決めたのだから、揺らがなかった。シッダールタは、まっすぐミゲーラとタッタの住む
洞穴へ向かった。
医師でもない人間がどこまで出来るのか。未知数でもやるしかない。
出迎えてくれたタッタに真顔で「ミゲーラを助ける」と呟くように伝えると、持っていた鉢を足下に
置き、ゆっくりと両膝をつく。そして寝たきりになっている彼女へ優しく声をかけた。
「・・・・・・ミゲーラ。分かるか?」
「シッダールタ?」
ミゲーラの乾いた唇が、微かに動いた。シッダールタは頷き、慎重に言葉を選びつつ話しかける。
「これからすることは、君にとって苦痛かもしれない。けれど、堪えて欲しい」
「お前さん、何する気だよ」
背中越しにタッタが不安げに口を挟んだ。シッダールタは振り返り、小さく首を振った。彼女の病
巣は身体中に広がっている。一刻も早くこの膿を吸い出さなければ。
意を決して、ミゲーラの二の腕へ唇を当てる。その刹那、タッタが「何してんだ!」と叫んだが、シ
ッダールタは構わず吸い続けた。
「おい! やめろ!何やって・・・・・・」
たまらずがっちりとシッダールタの肩をつかんでいたタッタは、シッダールタの意志の強さを感じ、
やおら手を放した。
繰り返し、吸い出しては鉢の中へ吐き出す。淡々とかつ真摯に治そうとする姿を、タッタはじっと
見つめた。
当惑しているミゲーラは、唇をかみしめながら体を強ばらせ、必死に堪えているようであった。
ミゲーラの腕の一部分まで吸い尽くすと、シッダールタはタッタの用意した水で、口を漱いだ。
「後は青かびを手に入れて、食べさせてやって欲しい。まずいだろうが、何とか工夫すれば・・・・・・」
「ああ、分かった」
シッダールタの言葉に、タッタは了解しながらふと眉を寄せた。
「こんなことまでさせちまって、悪かった」
「いいや。それより、治るまで続けよう」
微苦笑を浮かべて、シッダールタは眠っているミゲーラへ目をやった。
「本当にいいのか」
「ああ」
シッダールタはタッタに目を合わせると、はじめて互いに微笑した。
はじめてから数日経過すれば、あれほど広がっていた病巣も徐々に治癒つつあった。時々痛み
や痒みを訴えていたミゲーラだったが、今日は気分がいいのか何も言わなかった。
安心しながら、シッダールタはいつものように身体の様子を観察する。そっと皮膚を指先で触れ
てみても、膿は出てこない。内心ほっとしながら、黙って続けていた。
「どうして・・・・・・こんなことまでしてくれるんだい」
ためらいがちに言うミゲーラを、シッダールタはうつむいていた頭をおもむろに持ち上げて顔を
見つめた。
「あたしに同情してるんだったら、もうやめて。やっぱりあんたに憐れまれるなんて、ごめんだよ」
「・・・・・・ミゲーラ」
「大事な修行ほったらかしてすることじゃない。あんたは、あんたがしたいようにすればいいでしょ。
もう・・・・・・構わないで」
「放っておけると思うのか? 私が」
間髪いれずシッダールタはきっぱりと言い切った。
「目の前で苦しんでいる君を捨て置けるほど、私は強くない。それに、同情や憐れみだけで
ここにいるのではない」
「・・・・・・それって、どういう意味?」
いぶかしげに問うミゲーラを気遣うように、シッダールタは苦笑交じりに話し出す。
「私ひとりではない。タッタだって、君を心配している。君は私が出会ってから大切な存在だ。
ただ・・・・・・誤解しないで欲しい。私は出会う人すべてを大事にしたいと思っているだけだ」
「あんたって・・・・・・ほんと、お人好しだよ」
天を向いたまま力なく答えるミゲーラの声音は、微かに涙ぐんでいた。そして小さく息をつい
てから、あもむろにこちらへ顔を向けて微笑んだ。
「あたしの身体・・・・・・汚くなんかないって言ってくれて、嬉しかった。あんたって、昔から変わ
ってないんだね」
「・・・・・・そうか」
「タッタにね、あんたのこと話すんだ。いつも一生懸命してくれるって。そうしたらタッタのヤツ、
変に考え込んじゃって。きっと、あんたを気に入ってるのかもしれないね」
そう言うミゲーラの表情を見ながら、シッダールタは本当に快復しているのを感じて安堵し
ていた。
「ミゲーラ、もう休みなさい」
「ん、分かった」
素直に従って静かになったミゲーラを見届けると、シッダールタは外へ出た。
彼方の青々とした草原と林に、茜色の夕映えが煌めきまぶしく映っていた。引き込まれる
ように、眇めながら眺めていると、何故苦行をしているのだろうかと自問してしまう。
いたずらに肉体を痛めつけ、自分を見失ってしまえば、こんな美しい景色を美しいとも
感じないのではないか。清浄か不浄か、身体が傷つくことも病に苛まれことも、苦行とさし
て変わらないのではないか。
崇高な理想という目的だけで、仲間達は恵まれた身体を虐めることは、果たして正しい
のだろうか・・・・・・と。
思いも寄らなかった考えに、はっとする。
シッダールタにそう教えてくれたのは、きっとミゲーラのお陰だ。
人里から離れて隠れ住む二人が、この先穏やかに暮らせるよう――シッダールタはこ
み上げてくる思いを深く感じながら願った。
――私は、ひとりではない。
いつの間にか迎えに来ていたアッサジの笑顔に、そっと微笑み返す。
まだ求める答えは探し当ててはいない。もし探り当てた時、彼らに真っ先に伝えよう。
そう誓ったのである。
<了>

