私にとって第三の目は、松果体です。

「松果体は頭の真ん中あたりにある大豆くらいの内分泌器官で、解剖学的には光の量を感知して、昼間なのか夜なのかの日内リズムを司ると言われています。

 私が注目したのは、生物学的には、細胞レベルで元は目と同じ構造だということ。

 視覚と連動した感覚器官だということです。

 二つの目は『画像』を読み取り、真ん中にある松果体は『エネルギー的な臨場感』を読み取って、その総合情報から人は『現実』を把握する。

 目に見えないもの担当で、まさに第三の目そのものと言えます。」

 

上の画像と引用:

https://hoshizukisha.com/nobu/2356/

 

 

 

この第三の目こそ、聖書で書かれている「針の目」と、私は捉えます。

「イエスは弟子たちに言われた、

『よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい』」

(マタイによる福音書:19-23・24)

    ※「針の穴」は、英訳では「針の目」; the eye of a needleです。

 

上の画像と引用:

https://art-bible.net/NewTestament/Camel-and-pinhole.html

 

 

 

この「針の目」を通って、私は外へと開かれます。

そこが、私の天国になります。

 

 

外から強烈で声高な光を感じると、私は目を閉じます。

内なる静寂で優しい光に、意識を向けます。

 

私は、私以上でも、私以下でも、私以外でもありません。

 

私は、第三の目で見つめて、周りと共に幸せに在ります。

第三の目で見つめられると、悪魔は居られません。

 

 

 

 

上の画像:http://karapaia.com/archives/51498906.html

 

 

 

❶ 第三の目は身体性であって、霊性ではない。

 

 今ここで生きている身体が発揮する以上の力はない。

 

❷「針の目」は、誰でも通り抜けられる。

 

 目を閉じて、内に光輪を見る(あるいは、その様にイメージする)。

 エネルギーが内に凝縮しているのを確認するだけで、「天国」が開かれる。

 

❸身体を通して現す生命意思で、自分の「天国」を創り出す。

 

 「天国」とは、自分自身を含めた関わりを有す全てにとって最良の磁場。

 創造するには、善悪・都合・聖邪を超えた生命意思が不可欠。

 生命意思とは、意思で方向づけた生命力。

 

❹ 「天国」に、悪魔は居ない。

 

 第三の目は、エネルギーを見る。そして、生命意思によってエネルギーを発揮する。

 

 第三の目で見つめるとは、今ここで生きている全身のエネルギーを一点に集中し放つこと。


「天国」では第三の目で見つめ合うので、悪魔は居られない。