昭和24年「都市建設法」制定記念
昭和24年の「広島平和記念都市建設法」制定を記念して作られた「平和の鐘」が29日夜、64年ぶりに鳴らされた。鐘は8月6日の平和祭(当時の呼称)で鳴らすため作られたが、公式に鳴らされたのは1回限り。翌25年以降は式典の中止や会場の変更によって忘れられた存在になっていた。
市主催の平和祭は、22年(第1回)~24年(第3回)、中区基町の市民広場(広島市民球場跡地北側=現在のハノーバー庭園)で開催。鐘は24年5月に同法が可決されたことから、作成されることになり、2カ月ほどで完成させたという。
25年は朝鮮戦争の影響で中止に。26年は仏式の慰霊法要だけが、別会場で営まれた。そして27年に現在の平和記念公園が完成し、式典会場が移動したため、新たに「平和の鐘」が設けられ、最初の鐘は使われなくなった。
この日、鐘を鳴らしたのは、鋳造を引き受けた「広島銅合金鋳造会」の当時の会長、故松村米吉さんの長男、伸吉さん(72)。64年ぶりに取り付けられたロープを引いた。「父の思い出につながる鐘を鳴らすことができた。終戦から間もないころ、急いで材料を集めるのは大変だったはず。澄んだ大きな音だったので驚いた」と感慨深げだった。