北京での仕事は日本での仕事よりも
“ゆったり”ペース
で時間が流れます。
朝も夜もゆったり部屋で読書をしたり、瞑想に深けたり、
とても心も穏やかに心地の良い時間です。
この年末の忙しない中、私にとって有難いギフトのよう・・・。
今ではまるで「第2の故郷」かのように中国に馴染んでおりますが、
8年前始めて中国に進出した時を振り返ると、今の状況は
「奇跡の時間」
です。
伝もない、知人もいない、言葉もわからない・・・、
中国のどこに行けばよいかもわからない。
でも日本の外食産業は必ず中国に進出しなければならなくなる!
「クライアント企業が進出する前に
私自身が中国を知らずにコンサルタントはできない!」
っという思いだけで、中国に来ました。
スタッフにこの抑え切れない熱い思いを語り、
会社をスタッフに任せ、単身北京に乗り込みました。
「何故上海じゃないか!?」
っとよく聞かれます。
理由は、
「北京の方が大変だから、北京で通用すれば上海など別の都市でも通用する」
っと考えたからです。
また選択肢があったら苦しいほうを選択する方が、
明るい未来があると習ったから、苦しいほうを選択したのです。
☆14歳で飲食店で働き出したとき
☆16歳で始めてお店をプロデュース、運営したとき
☆17歳で起業したとき
☆ちやほやされていたメディアに干されたとき
☆21歳で沢山のスタッフに辞められたとき
☆大企業のコンサルタントを始めて引き受けたとき
・・・・・・・・。。。。。。。。。。。。
振り返ると色んなことがありました。
上記には書ききれないくらい、嬉しい事も苦しい事も悲しい事も感動した事も
ありました。
中国に初めて来たときも、スタッフに勢いよく語ってしまいましたから、
旅行のように帰るわけにもいかず、けれども何をしたらよいかも解らず、
街をただただ歩いていた事を思い出します。
1週間くらい何も、一歩も進まない中、日本語を話せる中国人と出会い、
騙され、ホテルにから出るのも嫌になりました。
3日間くらいホテルに篭り、至った結果は
「ダメで元々」
「自分らしくない、自分らしく働いた上で砕けよう」
「これまでも結果としてやれたじゃないか!」
「自分にはできる!」
「日本の外食産業が待っている!!」
そこで一つ決心しました。
「自分のお店をやろう!!」
それからは日々街に繰り出し、入る店入る店
「このお店、私に売ってください!」
と言い続けました。
中国という場所柄、皆さん「いくら!?」と返答がきます。
数日後あるお店を買い取る契約をし、弁護士さんを見つけ、
契約書締結、様々な法規制を学び、雑誌で見た日本人経営者に
話を聞き、あっと言う間に時間が過ぎました。
そこでも中国人スタッフとの付き合い方の難しさ、
公安、衛生局からの圧力、色々な苦難に合いました。
でもそこからは開き直った“柄の悪い”永田(笑)には
怖いものなし!!
次から次へとチャレンジをしていき、今に至ります。
『今そのときの苦難は未来へのプレゼント』
『自分に必要な事しか起きない』
『自分に越えられない山はこない』
『苦難には学びしかない』
『苦難は財産』
『苦難に感謝』
この北京の2晩の間に本当にありがたい経験をさせていただける
人生に心から感謝できました。
普段からそう考えているつもりでしたが、
ゆったりした時間で、ゆったり振り返り、
心の奥底から実感できました。
これまでも、これからも、
全ての事に『感謝』。。。
本当にありがとう!!