亡き兄も分も・・・
私には3つ上の兄がいたそうです。
その兄は『欣次』という名前でしたが
母のおなかが大きい時に
Sという大きな犬に押されて
生まれたときは、死んでいたそうです。
初めて授かった兄は
『死産』だったので
母は、たいそう悲しんだそうです。
若かった父と母。
ちいさな兄の亡骸を火葬して
埋葬したときの骨壷があまりに小さくて
その小ささゆえに涙が止まらなかったそうです。
『ほんとうに小さくてねぇ・・・』と母は何度も繰り返していました。
こんなに悲しい事はないと言っていたのを
子供心に鮮明に覚えていました。
ほどなくして
姉が生まれ、私が生まれたそうです。
でも
どういうわけか、私は
『兄』の生まれ変わりだと母が言っていました。
子供だった私は
それをこう受取ました。
お兄ちゃんが死んでしまって
お母さんは、とても悲しんだ。
きっと
私は、いてもいなくても
よかった存在で、
きっと
お母さんは私ではなくて
お兄ちゃんに生きててほしかったんだ・・・
と
どうして、子供時分にそんな事を
思ったのかわかりませんが
そのことが今日私の
『物事を悪く捉える性格』のベースになっているようです。
私には、価値がないと・・・
すぐに落ち込んでしまう。
私じゃなくて、お兄ちゃんがよかったんだと・・・
叫ぶ心。
拭っても
拭っても、湧き起こってくる悲しい気持ちは
いまだトラウマとなって
私を捉えて離さない。
ドス黒い影となって、染みのように現れる。
どうして
その反対の考え方ができないんだろう。
いつもは
忘れてしまっている兄の事を
なぜか今日は、こんなにも思い出す。
拭っても
涙が止まらない。
なんて言いたいの?
お兄ちゃん。
私の中で、いまも生きつづけるお兄ちゃん。
年末にだれも墓参りに来なかった?
それとも
最近、みんながお兄ちゃんを忘れてるって怒ってる?
私はさ、
いまだにこんな呪縛に
お兄ちゃんを思うと心が苦しいんだ。
でも・・・これで2度目だね。
こうして、私の心にあなたが現れたのは。
あなたの分も生きる。
しょーもないくずな私だけど、
あなたの分も生きるから、心配しないで・・・兄。
どんなに生きたくても、
この空や光、風を感じられなかった命がある。
命は永遠ではないから
かならず、別れがやってくる。
それが明日なのか
いつなのかは、だれにもわからない。
兄の分も
がんばるから、心配しないで。
きっと私は、変わってみせるよ。
あの頃のショックを受けていた幼少の私じゃない。
いつまでも
幼い頃のわたしじゃない。
そのことを
兄に伝えたい。
お墓参りにいくから、待っててよ!兄・・・