今朝親友のお母さんが悪いと聞いていながらも
お互いが忙しくしているために中々会う事が出来ずにいたが
ふくの散歩の帰りに寄って来ました。 
メールでは近況を聞いていましたが
やっぱり顔を見ながら話すのが心が落ち着く 
なにせもうずいぶん年だからねって言われても
いつまでも親はいてほしいものですよね。
私は在宅看護を7年間続け(自己満足かもしれませんが)
最後まで娘とさえわからない母をみとりましたが
綺麗ごとでは介護は出来ないことも学び
非情な心も正直持ち合わせていたことも話していました。
彼女はまだたった4~5日でも疲れきっているのに
7年間もよく在宅看護をしてきたってとても考えられないと
私の事を良く言ってくれるのですが
いまだに母は幸せであったのだろうかと思うときがあります。
交通事故から15年間、その最後の7年間は娘の私が。
私が娘であることすらわからないまま母の人生は終りましたが
私に人として大切なものをたくさん残してくれました。
それは一人では生きられないことでした。
生かされていることの意味を母は教えてくれました。
最後は自宅で看護婦さんにお風呂に入れてもらって
綺麗にシャンプーをしてもらいそのままでしたが
幸いにも私と息子がその瞬間にいたことも幸せでした。
何も意思表示が出来ない母でしたが
綺麗にしてもらった石鹸の香りと穏やかな顔が
私へのメッセージだったと信じています。![]()
その話を彼女にしていたときに彼女は涙を流して
こんな言葉を聞かせてくれました。
利休の好きな彼女 ![]()
『引き算することで、利休はひとつの命の艶を愛でた』
今朝はこの言葉の意味を自分なりに深く感じさせる
自分にとっての生きるための学びをまたひとつ
教えられたように思い お大事にねって帰宅しました。
そして母を思い出すことで又その存在を深く知ることが
今の私には必要であることも知った数時間でした。
まとまりのない思いを書きましたが
現場に直面している方への労いと自分の体調にも
十分に気をつけられて乗り越えて頑張ってほしいと
僅かながらの経験から書き留めました。
お察し頂ければ嬉しく思います。





ふくとの会話は楽しいひととき 








































~~~~
~~~~~~~~~




























