遊覧記など... -89ページ目

遊覧記など...

主には出かけた場所の記録と整理の為に。時々独白&妄想要注意(笑)
※現在、旧ブログたちwからも終活兼ねて転記作業中

お気に入りになったその道には名前がありました。

 

きっかけとなったのは持っていた郷土本。

以前古書店で300円で買った(すっかり忘れてた)この本を

パラパラとみていた時でした。

つるおか田川文化財散歩

鶴岡市文化財愛護協会発行・初版1976年、再販&増補5回

 

少し前に神奈川の友人と色々周り、

古い時代の大山に関心が向いてた事もあり、

大山-善宝寺-湯野浜コースの所を開きました。

すると備中街道 の文字にふと目が止まりました。

文頭には、

 

「大山から三川町を経て藤島清川に出る道である

 

と、あり、そこで、ハッ?っといつものワクワク感発動!

根拠もないのにもしやもしや?あの道では!? と。

 

また、その道は、大山に配された酒井備中守忠解が

参勤交代の時に鶴岡城下を通らずに清川へ出るために

作られた道だとありました。

 

ん?なんで大山に酒井様が?とアホな私は疑問を残しつつも(^_^;)

あの道が備中街道であるかを確かめたい気になっていました(笑)

色々調べると今は県道50号線になっていることがわかり、

それからほどなくして確かめに(笑)行ってまいりました!

ちょうど天気もよく、備中街道の景観は素晴らしかったです。

左を見れば鳥海山

 

右を向けば月山や金峯山

 

稲穂が光る田の間を走りぬけ、50号線の標識がなくなっても

新しそうな道は通らずに右往左往しながら藤島までの道を

探りながら走りました。藤島には備中下という地名がまだあるので

参考になりました。

 

そして、ついに藤島の追分石の所に来ました。

途中違う道も通ったかもしれないけど終わりよければ全てよし(笑)

 

右 大山

向 きよ川

左 つるが岡

 

と、あります。

 

つづく(ちいさくかいておくw)