お気に入りになったその道には名前がありました。
きっかけとなったのは持っていた郷土本。
以前古書店で300円で買った(すっかり忘れてた)この本を
パラパラとみていた時でした。
つるおか田川文化財散歩
鶴岡市文化財愛護協会発行・初版1976年、再販&増補5回
少し前に神奈川の友人と色々周り、
古い時代の大山に関心が向いてた事もあり、
大山-善宝寺-湯野浜コースの所を開きました。
すると備中街道 の文字にふと目が止まりました。
文頭には、
「大山から三川町を経て藤島清川に出る道である」
と、あり、そこで、ハッ?っといつものワクワク感発動!
根拠もないのにもしやもしや?あの道では!? と。
また、その道は、大山に配された酒井備中守忠解が
参勤交代の時に鶴岡城下を通らずに清川へ出るために
作られた道だとありました。
ん?なんで大山に酒井様が?とアホな私は疑問を残しつつも(^_^;)
あの道が備中街道であるかを確かめたい気になっていました(笑)
色々調べると今は県道50号線になっていることがわかり、
それからほどなくして確かめに(笑)行ってまいりました!
ちょうど天気もよく、備中街道の景観は素晴らしかったです。
左を見れば鳥海山
右を向けば月山や金峯山
稲穂が光る田の間を走りぬけ、50号線の標識がなくなっても
新しそうな道は通らずに右往左往しながら藤島までの道を
探りながら走りました。藤島には備中下という地名がまだあるので
参考になりました。
そして、ついに藤島の追分石の所に来ました。
途中違う道も通ったかもしれないけど終わりよければ全てよし(笑)
右 大山
向 きよ川
左 つるが岡
と、あります。
つづく(ちいさくかいておくw)




