サーガに連れられてブランがやってきたのは大衆酒場であった。

『ドフルク』というこの店の名前は、イェンロン語で「酒」を意味している。

「私には酒を飲んでいる暇などはない!」

「怒鳴るなって、本当にせっかちなじいさんだ・・・ 言ったろ?信頼できるやつを紹介するって。この時間はいつもここにいるんだよ。」

急かすブランをなだめながらサーガは店の中に入った。

「いらっしゃいませぇ! 」

活発な、耳に心地よい少女の声が響いた。

「あれ・・・?なんだぁ、サーガか。」

少女は、営業用の声をサーガに使ってしまったのが、もったいないといわんばかりに声の調子を落とした。

「なんだはないだろ、ご挨拶だなぁ。俺の心は飛んで火に入った夏の虫くらいに傷ついたぜ。」

全然傷ついてなさそうな顔でサーガがのたまった。

「だっていっつもツケなんだもん。たまにはお勘定を払ったらどう?」

「う・・・、その節はお世話になっております・・・・」

「別にいいけど~。どうせミルクしか飲まないんだし・・・・はーい、ただいまー」

バツの悪そうなサーガを尻目に少女は忙しそうに走っていった。

「今の少女が私を帝に会わせてくれるのか?」

先ほどから2人のやり取りを苦い顔で見ていたブランが訊ねた。

「おぉ、忘れてたぜ。こっち、こっち。」

さらに苦い顔になったブランを無視してサーガは店の奥へと進みだした。

狭い店内は昼間だというのにそこそこの客が入っていた。

そこかしこから聞こえる馬鹿笑いの中、一番奥のテーブルにぽつんと座っている青年がいた。

年はサーガと同じくらいか。漆黒の髪を持つイェンロンの人々の中で、その銀色がかった髪は目立っていた。

およそこの場に似つかわしくない少年の前には、ミルクの入ったガラス製のコップが置かれているが、容器は汗をかききっており、中身にはほとんど手をつけられていない。

「おーい、フェン!やっぱりここだったか!」

フェンと呼ばれたその青年は、サーガに呼びかけられても全く反応がない。

優しいが、どこか鋭い瞳は、サーガには向けられておらず、常に何かを追いかけているように見える。

その瞳の先には、さっきの少女がいた。