「そういうことは先に言ってくれよな。ところで、ブラン。あんたはなぜゲービ砂漠なんかでぶっ倒れてたんだ?あんなとこ、地元の俺たちでもめったに立ち寄らないぜ。たまたま俺がいつもより見回りの範囲を広げていたから見つけられたんだぜ?」

ゲービ砂漠はイェンロンと竜皇国の間にある大陸一大きい砂漠である。別名“吸血砂漠”  生あるものの命を吸い取ってしまう過酷さからそう呼ばれる。この砂漠のせいで竜皇国とイェンロンはあまり交易もせず、文化も交わらなかった。しかし、全く国交がなかったわけではない。ゲービ砂漠を越える場合はオアシスを結んだ道“アクアロード”を通る必要がある。イェンロンには遠回りとなってしまうが、砂漠越えには水の確保が最重要である。このアクアロードを砂漠の大型生物シパックで丸10日かけて移動するのが竜皇国からイェンロンへの唯一の道であるといっても過言ではない。しかし、ブランはイェンロンと竜皇国をまっすぐ結んだ線上の、イェンロンからおよそ5リーン離れた場所で倒れていた。アクアロードを通らずに最短距離を向かっていて力尽きたのだ。そこをサーガに運よく発見された。

「そうだ!!君たちの国の王に会わせてくれ!竜皇国が大変なのだ!!!」

「王ってぇと帝のことか?残念だがじいさんみたいな一般人がおいそれと会えるようなお人じゃないんだぜ?」

「一般人なら無理かもしれぬ・・・ だが、竜皇国皇王護衛兵長ならばおそらくは・・・」

ブランの言葉を聞いたサーガの声が上ずる。

「竜皇国皇王護衛兵!!あの飛竜(ワイバーン)のように速く、火竜(サラマンダー)のように勇敢だといわれる“ドラグナーズ”!!その兵長ならば間違いなく帝に会えるな。」

一人でうなずくサーガの首の動きがはたと止まる。

「・・・・・もしかして・・・・・?」

サーガの指が目の前の屈強な老人を指す。老人は無言のままわずかにうなずき、胸元から三角のプレートを取り出した。プレートには竜の手形が彫られている。紛れもないドラグナーズの証拠だ。指の数は4本。これは兵長以上のものにしか許されていない。

「うっそー!まじかよ!!うわー、感激だよ!伝説だけだと思ってたよ!まるで街中で出会った女に片っ端から愛の告白を受けたような感激だ!!あ、サイン頂戴、紙とペンは・・・・・」

目の前の騒動の塊をブランの言葉が制止した。

「帝に会えたならばいくらでも書いてやろう。今は一刻も早く帝の下へ私を連れて行ってくれ・・・・ 頼む・・・」

「残念だけど俺ってうちの村では頼りにされている存在なのよ。例えるなら働くお父さんの後ろ姿みたいな。てなわけで俺は連れて行けないなぁ・・・」

ちらりと薄目を開けてブランの様子を窺い見るが、ブランは引き下がらない。両手でサーガの両肩を掴み前後に激しくシェイクした。

「君じゃなくても良いのだ!帝にお会いして我が国に援軍を送っていただけるように要請できればそれでいいのだ!頼む、君が駄目なら他のものでも良い!私を帝の下へ・・・・・」

「あば、そでなばば・・・・・ いでへ!てぼ、てぼどめどー!!」

はっとブランが手を離した。

激しいメトロノーム地獄から開放されたサーガは恨めしそうにブランを見た。

「いでぇ・・・、舌かんだ・・・ あのなぁ、こんなんじゃ話せないだろ!!」

「す・すまぬ・・・ それで、誰かいないのか・・・?」

「ハイヌマリスみたいにせっかちだな・・・ わかったよ、もう舌は噛みたくないからな・・・ 知り合いで信頼できるやつに頼んでみるよ。」

そういうとサーガは入り口に向かって歩き出した。

「待ってくれ、私もいこう。もう大丈夫だ。」

入り口にかかっていた垂れ幕をうえに持ち上げた格好でサーガは停止した。

「はい?あんたは病人なんだぜ。病人は病人らしく寝てりゃあいいんだよ!」

サーガの言葉を全く聞かずに老人は荷物を確かめている。

「うむ、全部ある。さて行こうか、青年。」

もはや止める気力はサーガにはなかった。

「俺、サインはやっぱり良いや・・・」