四十にして立つ ~1,000億円企業への道~ -21ページ目

四十にして立つ ~1,000億円企業への道~

40歳を前に突然起業しようと思い立った現役社長が、実際の出来事を通して、企業経営の楽しさや苦しさを発信中!!
「10年後に1,000億円」を公言して起業した僕が、いかにしてその目標を達成したかを描くリアル・サクセスストーリー

(前回のつづき)

経営企画部長になって、一番よかったのは何か?


それは、会社の意思決定に参画できること。

経営企画部長には、

・会社全体や各ホテルの業績が、それこそ毎日報告される。
・ほとんどの稟議が僕を経由して決裁される。
・毎週開催される経営会議で、何を議題にあげるか、その議題をどのように決定するかを僕の方でコントロールできる。

と、言った利点がある。
だから、実際には意思決定する権限はなくても、僕自身の意思決定を反映させることができる。


そういう環境の中で、僕は毎日のように大きな課題から小さな課題まで、たくさんの意思決定をさせてもらった。

意思決定を数多くしていると、何がいいのか

それは、意思決定するための軸(判断基準)がしっかりとしてくること。


軸がしっかりしてくると、何がいいのか?

僕の経験から言うと

・判断するスピードがむちゃくちゃ早くなる。
・間違った判断をする数が少なくなる。
・判断にブレがなくなる。(一貫性がでてくる)


でも、数をこなすだけでは、軸が作れない場合もある。
自分が全く知らないことは、いくら数をこなしても軸はできない。。
けれども判断しなくちゃならない課題を放っておいたり、間違った判断をするわけにもいかない。

だから、僕はこの期間中にこれまでの人生とは比べ物にならないほど大量の本を読んだ。
新宿から松本に行く「あずさ号」の中、出勤前の朝早い時間、寝る前・・・

間違った判断をすることは、それこそ守るべき従業員に迷惑をかけることになるので、必死だった。
そうなると、不思議なもので、本の内容がスラスラと頭に入ってくる。
結果として、意思決定するための軸もしっかりしてくる。

「意思決定の数」と「必要な知識」

この2つによって、僕の意思決定の軸は、だんだんと固く揺らぎのないものになっていった。

経営者の必須能力である「決める力」が強くなったこと。
これが、僕が経営者としてやっていく自信の源となった。

こうして、僕の自信は急速に膨れ上がり、やがて自信は過信へと変わっていく・・・

◆僕の気づき
「決める力」は生まれつきのものではなく、「決めた数」と「知識」によってつくられる。



(前回はこちら)
経営者マインドのなかった僕が、なぜ経営者を目指すようになったか?

そのきっかけとなったのは、ある会社の再建のために、会社役員として放り込まれたこと。


2005年の9月、34歳だった僕はフロンティア・マネジメント(FMI)という会社に転職した。
FMIは産業再生機構にいた方たちが立ち上げた企業再生会社。
クライアントに役員や担当者を送り込み、2~3年かけて再建するという事業がメイン。(今はあまりやってないですが・・・)

さて、FMI入社初日。僕が会社に行って、FMIの社長に挨拶すると、

「待ってたよ。君には明日から長野県の松本に出向してもらうことになっているから」

(・・・松本ですか?明日から?出向?)

「君には松本の某企業の子会社でホテル事業の経営企画部長として行ってもらうから」

(・・・ホテルですか?経営企画ですか?
 どちらも経験したこと、ないですけれども・・・)


内心は大きく動揺していたものの、それを表に出さないのは得意だったので、

「わかりました!お任せください」

と、社長に大見得を切った後は、大急ぎで出発準備。


社長よりもらった会社概要等をみると、これから出向する企業は、松本で鉄道・バス、小売等、幅広い事業を抱えるコングロマリット企業(東急グループや西武グループを小型にした感じ)。
僕が出向する会社は、ホテル事業の子会社。
ホテル事業と言っても、結構幅広く、ホテルだけで5ホテル。しかもシティホテル、和風温泉付きホテル、旅館、リゾートホテル、ビジネスホテルとバラバラ。
ホテル以外には、別荘事業、ゴルフ場、自動車学校まで!!

売上高は100億円程度(当時)、従業員は約500人・・・

・・・100億円?・・・500人??

実のところ、僕はその時までの社会人経験で、部下というものを持ったことが一度もありません!
今度出向する会社での僕のポジションは、社長・副社長の下、という位置づけだったので、
実質的には500人のほぼすべてが僕の部下・・・

部下を持ったことのない人間が、いきなり500人の部下なんて!!

それも、僕よりも年上の方も多いだろうし、ホテルでの仕事の経験ということでは、僕とは比べ物にならない・・・

(本当に大丈夫なのか?)

という不安が押し寄せて来たものの、根が楽観的なので、

(まあ、なるようにしかならないな)

と開き直ることにして、松本へと移動した。(ちなみに松本に行くのもこの時初めて)


松本の出向先のホテルに行き、上役になる社長・副社長にご挨拶し、部下となる方たちに順次挨拶。
初めて会った部下の人たちに対する僕の感想は・・・

・・・結構若い人が多いな。

もちろん、役職者には僕よりずいぶん年長の方もいるものの、サービス担当やスタッフ等は僕より下の方が大半。
しかも、女の人の割合が非常に高い!!半分以上が女の子(しかも20代)

・・・うん、これはこれで悪くないかも。

しかし、大事なのは、僕よりも年上の経験豊富な役職者の方たち。
この人たちと関係を築き、目指す方向に動いてもらえないことには何の意味もない。

さすがに最初の1週間くらいはお互いが探り合っている状態だったが、1週間もするとなんだかいい感じの関係になっている人が増えてきた。
僕はホテル事業の経験はなかったものの、他の業種については経営コンサルとして数多くの改善をお手伝いしてきた。
ホテル業界では当たり前になっていることでも、他の業界から見た視点ではおかしいと思えることを指摘するだけでも、新しい気付きになったり、目に見える成果につながることもわかってきた。
そうなると年上の方たちもだんだんと僕のいうことに耳を傾けるようになってくれ、腹を割って話すことができる人も増えてきた。(もちろん、得意の夜のお付き合いの効果もあり)

そうやって、500人の部下の方たちとの関係を築いていくうちに、自分でも想像していなかったのだが、僕の心に大きな変化が表れてきた
どんな気持ちに変わってきたかというと、

「僕の可愛い部下たちを守ってあげたい!
 この人たちがいる会社を本当にいい会社にしたい!!」


じゃあ、それまでの経営コンサルタントとして、「クライアントのため」、とか言ってきたのはなんだったのか、と言われるかもしれない。
それまでの思いは「ウソ」ではなかったが、「心から湧き出る思い」ではなかった。
実際に部下を持ち、これは自分の会社なんだということを認識したおかげで、初めてそれに気づくことができた。

会社・組織を自分のものとして思えるようになったこと。
これが僕の経営者人生の第一歩だった。

◆僕の気づき
なんらかの大きな責任を与えられると、人はそれに見合うように自分を変えようとする。
5年前、僕が経営者になりたいと思っていることを知っている人間は、僕の周りに一人もいなかった。

なぜなら、僕自身が経営者になりたいなんて、これっぽちも思っていなかったから


半年前、僕が起業しようと思っていることを知っている人間は、僕の周りに一人もいなかった。

なぜなら、僕自身が起業しようなんて、これっぽちも思っていなかったから。



僕は、生まれながらの「リーダー」というタイプではありません。

中学、高校、大学と所属した野球部やアメフト部でも、キャプテンはおろか副キャプテン、ポジションリーダーといった役職についたことは一度もないし、つきたいと思ったこともありません。

経営コンサルタントに成りたての頃、上司に

「君は将来何になりたいんだ?」

と聞かれて、

「僕は、経営者とかいう柄ではないので、部門長を目指します!!」

と、本気で答えたのを今でも覚えています。


そんな僕が、経営者に絶対になりたい!!と本気で思うようになったのは、4年ほど前、長野県松本市である経験をしたことがきっかけ。

$四十にして立つ ~1,000億円企業への道(予定)~-国宝「松本城」

その経験とは、

・取締役として、経営に関わる意思決定を経常的にすること

・取締役として、大失敗をしたこと



それでは、経営者マインドのかけらもなかった僕が、180度変わることになった経緯を、もう少し詳しく話そうと思いますが、それはまた次回。



◆気づき
経営者マインドやリーダーシップというのは、先天的なものではなく、経験によって培われる・・・こともある。