圧倒的な「量」を追求することにしました!
何もかもうまくいくと信じて起業をした。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
すぐに大きな壁にぶつかった。
情報量の少なさ。
これを解決しない限りは、僕のビジネスは成り立たない。
では、どうするか?
答は簡単だ。
情報を集めるしかない。
では、どうやって集めるか?
効率を考えるなら、Webだろう。
インターネットで検索するなり、公開されている情報を集めれば、かなりの量になる。
だが、簡単に手に入るものは、誰でも手に入れられるものなので価値も低い。
それにそうして手に入れた情報には、大事なものが欠けている。
それは、「背景(コンテクスト)」と「想い」だ。
なぜ、そのサービスは他社とは違うのか?
どんな想いでそのサービスはそのサービスを始めたのか?
これがないとそのサービスを人に語っても響かない。
共感を呼ばないからだ。
共感を呼ぶのはそのサービス自体が他社のサービスと違うからだけではない。
そのサービスを造るまでのストーリー。
そのサービスが他社との違いを生むための工夫。
こういったものが、他社と違ったり、大きな志や社会的な意義を持っていたりする時に、
共感を呼ぶのだと思う。
では、そのサービスの「背景」と「想い」を知るためにはどうすればいいのか?
答は簡単だ。
「会う」しかない。
直接会って聞くしかない。
だから、僕はたくさんの人に会うことに決めた。
特にサービスを提供している会社の経営者に。
そこで、僕は目標を立てた。
『1週間に100人、つまりは月に400人の新しい方に会う。』
これをノルマとすることにした。
人に会うことを最優先課題とし、それについては費用を惜しまない、と決めた。
この目標を決めた後、僕は人、特に経営者が集まる場所にドンドン出かけた。
交流会、セミナー、講演・・・
人が集まるという情報を入手したら、迷わず参加した。
こうして、僕は自分の足で情報を集める道を選び、突き進んでいった。
後日談ではあるが、起業後半年と1年が経った頃に新規で会った人の名刺を数えてみた。
半年で3,000枚強、1年で5,100枚強あった。
1日当たり14枚、1週間で98枚。
後半の6か月は、一度会った人のフォローに力を入れたたため少しペースが落ちてしまった。
だが、半年間は目標を達成できた。
この時期に会った人たちが、今の僕の会社の大きな財産になっている。
■僕の気づき
他の人がやれることと同じレベルで得た『強み』は、長くは通用しない。
やらないレベルでやった結果もしくは人がやらないことで得た『強み』こそ本当の武器になる。
起業していきなりつまずきました!
意気揚々と起業し、前途洋洋だと信じていた。
僕が考えたビジネスモデルは、間違いなく世間に受け入れられる、と思い込んでいた。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
起業を決意してから実際に起業するまでに2ヶ月ほど時間があった。
だから、その間にいろんな交流会にも出るようにもなったし、セミナーにも出た。
知り合いから、必要だと思うサービスをしている人を何人か紹介してもらってもいた。
たった2ヶ月の活動ではあったが、その間にも僕にとっては大きな発見が何個もあった。
一番の発見は、僕が知らないサービスがまだまだこんなにもあるんだということ、だった。
そういったサービスを知らなかった僕は、そんなサービスがあると知っただけでも、有頂天になっていた。
これはすごいサービスを見つけた。
このサービスをクライアントになりそうな会社に紹介するだけで、すぐに採用が決まるはずだ。
そんなサービスが10~20個くらいになっていた。
「これなら行ける!」と自信を持った僕は、その頃の数少ない人脈を使うことにした。
前職のコンサル会社で担当していたクライアントである。
そのクライアントにアポをとって会いに行った。
久しぶりにお会いした元クライアントの方に起業の挨拶をした。
そして、その後に僕が見つけてきた自慢のサービスを自信たっぷりに紹介した。
僕は、その方が「そんなサービスがあったんだ!」と驚いてくれるものだと信じていた。
だが、そんなことはなかった。
紹介を受けたクライアントの反応は、
「うん、そのサービス知ってるよ」
と、あっさりしたものだった。
・・・え?知ってるの?そんな馬鹿な...
だが、よくよく考えてみたら当たり前だった。
僕の元クライアントはその業界でのトップ企業。
いろんな会社が自社のサービスを採用して欲しくて、売り込みに来る。
だから、いろんな情報が自然と集まってくる。
そして、いろんなサービスを既に比較検討している。
そんな会社の人たちが、たった2ヶ月くらいの短い期間で、
僕が100名やそこらの人に会って集めたサービスなんかは知っているものがほとんど。
僕よりもそのサービスについて詳しく知っているものもあるはずだ。
そんな人たちをこれからお客様にしようとするならば、
僕は大きく足りないものが2つあることに気づいた。
ひとつは、「情報量」だ。
いろんな業種・サービスの情報量が圧倒的に足りない。
クライアントが持っている情報量を遥かに超える必要がある。
もうひとつは、分析力、いわば「目利き力」だ。
様々なサービスの中で、差別化の要素は何なのか、どの会社のサービスが一番差別化されているのか。
これらを判断する能力が全く備わっていない。
結局のところ、その日の商談は全くうまくいかなかった。
当たり前だ。
僕は、起業早々で、最初のつまづきを経験することになった。
ただし、大事なことに気づくこともできた。
まずは情報を集める必要がある、ということ。
それも誰が見てもすごいと思えるほど膨大な量の情報が必要だ。
そして、あることにも気づいた。
それは、これから進もうしている道が、とんでもない茨の道だということだ。
■僕の気づき
ビジネスマッチングに必要な要素は、「情報量」と「目利き力」。
どちらが欠けても、クライアントの満足度は上がらず、感動を得ることはない。
意気揚々と起業し、前途洋洋だと信じていた。
僕が考えたビジネスモデルは、間違いなく世間に受け入れられる、と思い込んでいた。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
起業を決意してから実際に起業するまでに2ヶ月ほど時間があった。
だから、その間にいろんな交流会にも出るようにもなったし、セミナーにも出た。
知り合いから、必要だと思うサービスをしている人を何人か紹介してもらってもいた。
たった2ヶ月の活動ではあったが、その間にも僕にとっては大きな発見が何個もあった。
一番の発見は、僕が知らないサービスがまだまだこんなにもあるんだということ、だった。
そういったサービスを知らなかった僕は、そんなサービスがあると知っただけでも、有頂天になっていた。
これはすごいサービスを見つけた。
このサービスをクライアントになりそうな会社に紹介するだけで、すぐに採用が決まるはずだ。
そんなサービスが10~20個くらいになっていた。
「これなら行ける!」と自信を持った僕は、その頃の数少ない人脈を使うことにした。
前職のコンサル会社で担当していたクライアントである。
そのクライアントにアポをとって会いに行った。
久しぶりにお会いした元クライアントの方に起業の挨拶をした。
そして、その後に僕が見つけてきた自慢のサービスを自信たっぷりに紹介した。
僕は、その方が「そんなサービスがあったんだ!」と驚いてくれるものだと信じていた。
だが、そんなことはなかった。
紹介を受けたクライアントの反応は、
「うん、そのサービス知ってるよ」
と、あっさりしたものだった。
・・・え?知ってるの?そんな馬鹿な...
だが、よくよく考えてみたら当たり前だった。
僕の元クライアントはその業界でのトップ企業。
いろんな会社が自社のサービスを採用して欲しくて、売り込みに来る。
だから、いろんな情報が自然と集まってくる。
そして、いろんなサービスを既に比較検討している。
そんな会社の人たちが、たった2ヶ月くらいの短い期間で、
僕が100名やそこらの人に会って集めたサービスなんかは知っているものがほとんど。
僕よりもそのサービスについて詳しく知っているものもあるはずだ。
そんな人たちをこれからお客様にしようとするならば、
僕は大きく足りないものが2つあることに気づいた。
ひとつは、「情報量」だ。
いろんな業種・サービスの情報量が圧倒的に足りない。
クライアントが持っている情報量を遥かに超える必要がある。
もうひとつは、分析力、いわば「目利き力」だ。
様々なサービスの中で、差別化の要素は何なのか、どの会社のサービスが一番差別化されているのか。
これらを判断する能力が全く備わっていない。
結局のところ、その日の商談は全くうまくいかなかった。
当たり前だ。
僕は、起業早々で、最初のつまづきを経験することになった。
ただし、大事なことに気づくこともできた。
まずは情報を集める必要がある、ということ。
それも誰が見てもすごいと思えるほど膨大な量の情報が必要だ。
そして、あることにも気づいた。
それは、これから進もうしている道が、とんでもない茨の道だということだ。
■僕の気づき
ビジネスマッチングに必要な要素は、「情報量」と「目利き力」。
どちらが欠けても、クライアントの満足度は上がらず、感動を得ることはない。
ついに起業の日を迎えました!
起業を決意してから約2ヶ月。
会社の登記手続き、会社の理念・ビジョンや行動指針の作成、
ロゴ・名刺の作成、備品や事務機器の購入等の準備を進めてきた。
4月17日が前職の企業再生コンサルティング会社(フロンティア・マネジメント)の退職日。
最後にフロンティアの大西代表・松岡代表の両代表に挨拶に行った。
フロンティアには、4年半という長い時間をお世話になった。
それが最後には、プロジェクトの途中で抜ける形になってしまった。
だから、恨み節を言われても仕方がない状況だ。
しかし、両代表からは、
「フロンティアの卒業生として頑張れ!」
という暖かい言葉をいただいた。
その両代表に、僕がこれから行なう事業内容についても説明をした。
しかし、事業内容については、なんだかピンと来ていないようだった。
無理もない。
僕自身の中で、人にしっかり説明できるほどまだまだ固まっていない時期だったから。
そして、4年半を過ごした会社の同僚たちにお別れの挨拶をして回った。
しかし、不思議とさみしさはなかった。
無理もない。
僕の頭は、次の日から起業する会社のことで、
頭はいっぱい、胸はワクワクの状態だったのだから。
そして、2013年4月18日、とうとう正式な起業の日を迎えることとなった。
昨日まではサラリーマン。
名刺には「社長」と書いてあるけれど、ただの「自称経営者」。
しかし、独立したこの日からは、「正真正銘の経営者」。
既に起業に向けて動いていたので、前日までの動きと何か大きく変わるわけではない。
それでも、僕の心の中では何かが変わった気がした。
自分自身の意思で全て自由にできるんだ、という開放感。
自分自身の力で全て稼がなければならないんだ、という重圧。
両方の気持ちを感じることになった。
しかし、それも悪くない。
全て自分自身の責任で人生が送られるのだから。
2013年4月18日というのは、僕にとっては、
「借り物ではない本物の人生」が始まった記念する日だ。
ほとんどの人にとって、4月18日は他の日と変わらない1日だと思う。
たた、僕にとって、そして僕の会社にとっては違う。
忘れられない、そして忘れてはいけない日だ。
■僕の気づき
「独立」という生き方は、雇われる生き方とはまるで違う。
全てにおいて、自分が主体となって決める必要が出てくる。
起業を決意してから約2ヶ月。
会社の登記手続き、会社の理念・ビジョンや行動指針の作成、
ロゴ・名刺の作成、備品や事務機器の購入等の準備を進めてきた。
4月17日が前職の企業再生コンサルティング会社(フロンティア・マネジメント)の退職日。
最後にフロンティアの大西代表・松岡代表の両代表に挨拶に行った。
フロンティアには、4年半という長い時間をお世話になった。
それが最後には、プロジェクトの途中で抜ける形になってしまった。
だから、恨み節を言われても仕方がない状況だ。
しかし、両代表からは、
「フロンティアの卒業生として頑張れ!」
という暖かい言葉をいただいた。
その両代表に、僕がこれから行なう事業内容についても説明をした。
しかし、事業内容については、なんだかピンと来ていないようだった。
無理もない。
僕自身の中で、人にしっかり説明できるほどまだまだ固まっていない時期だったから。
そして、4年半を過ごした会社の同僚たちにお別れの挨拶をして回った。
しかし、不思議とさみしさはなかった。
無理もない。
僕の頭は、次の日から起業する会社のことで、
頭はいっぱい、胸はワクワクの状態だったのだから。
そして、2013年4月18日、とうとう正式な起業の日を迎えることとなった。
昨日まではサラリーマン。
名刺には「社長」と書いてあるけれど、ただの「自称経営者」。
しかし、独立したこの日からは、「正真正銘の経営者」。
既に起業に向けて動いていたので、前日までの動きと何か大きく変わるわけではない。
それでも、僕の心の中では何かが変わった気がした。
自分自身の意思で全て自由にできるんだ、という開放感。
自分自身の力で全て稼がなければならないんだ、という重圧。
両方の気持ちを感じることになった。
しかし、それも悪くない。
全て自分自身の責任で人生が送られるのだから。
2013年4月18日というのは、僕にとっては、
「借り物ではない本物の人生」が始まった記念する日だ。
ほとんどの人にとって、4月18日は他の日と変わらない1日だと思う。
たた、僕にとって、そして僕の会社にとっては違う。
忘れられない、そして忘れてはいけない日だ。
■僕の気づき
「独立」という生き方は、雇われる生き方とはまるで違う。
全てにおいて、自分が主体となって決める必要が出てくる。