後輩が私と話せてうれしかったと言ってくれた。これって本当うれしい。
エントリーシートが書けない。でも、こんな直前まで放っておいたのだから仕方ない。がんばる。あとプレゼン準備。明日だーやらなきゃ。
とりあえずこのきたないお部屋をいい加減なんとかしてすっきりさっぱりできるようにしなきゃ。私、片付けられない症候群なんじゃないだろうか。
昨日はサークルの先輩がでる就活の報告会みたいなのにちろりと行ってみる。思ったのは、やっぱり規模の大きい大学にはそれだけ人がいるわけで、出会える人の数は多いなということ。別に大学に引け目を感じているとかそういうことではなくて(むしろそうだったら今のサークルに自分から突っ込んでいくことなんてできなかったはず)、これはうちの大学の弱点。もちろんいいところもあるわけで。その弱点をどう埋めていこうかていつも考えていたし、そういう意味で人よりもっと動いて、もっと積極的に話をしたり、世界を広げていく努力はしなきゃいけないなと思うのです。うん。
でね、昨日感じたのは。私やっぱり生みの苦しみも知らずに人のことをばかだって言う人はすきじゃない。人の考えてきたものに意見することなんて本当に簡単だし、周りからの意見ていうのは絶対に必要なんだけど、それは生みの苦しみがわかってて言ってほしいって思うわけ。言われる大変さとか、そのことについてやりたいって思ってる上で言って欲しいし、せめて話を自分で聞いてからばかかどうかなんて判断して欲しいと思うのよ。聞いた話だけで、あのこがばかだからうまく進まないらしいとか言わないで欲しいのよ。生み出そうとしたことがない人に言われたくないと思ってしまった。いや、仕事ならそれが正しいよ。過程でどんなに頑張っていても結果がでなければ仕方ないと思う。でもサークルで、過程や一生懸命さがなくなったら、何も残らない。むしろぐるぐるしていっぱい考えてみんなで考えて、その結果が、頭のいい人がやるよりも少し劣ったものであっても、大学生のサークル活動だったら、みんながやってよかった楽しかったって思える過程があったら、そのほうが価値があるんだと思うの。楽しんで満足するためにより上へ上へ目指すのであって、結果のための効率ではない。主役は結果じゃなくて作る側だと思う。どんなにうまいものができても、作る側が効率だけで動いたものはサークルとしていい活動じゃないと思うのよ。そう思った。
こういう風に考える私は世渡り下手で、体当たりすぎて、もっともっとうまくするするとすり抜けて生きれる子もいるんだろうけれど。
まっすぐでいたいと思うのよ。ずっとずっと。苦しみたくないと思いつつ、この性格だといちいちぶつかって泣いたりするんだろうな。でも今までもずっと、泣いて考えて立ち上がってきたから、このやり方でいくしかないんだろうな、私は。