ある日の放課後。


その日はギターの練習が上手くいかず下校時間が過ぎた後、近くの公園で少しだけ練習をしていた。バンドの練習で遅くなってしまった下嶋は、足早に帰宅した。いつもだったらもう帰宅している時間だ。門限も過ぎている。

下嶋は初めての門限破りに、恐る恐る玄関を開ける。

そこには鬼のような形相で立っている母様(かあさま)がいた。

下嶋は速攻で謝罪をする。


下嶋「母様!申し訳ございません!」


母様「重明。着替えてすぐにリビングに来なさい。」


下嶋「………はい…」


今まで一度もされたことの無い説教が始まる。そう思うと下嶋の体は勝手に震えだした。


下嶋はリビングへ入る。

リビングには食卓とソファがあった。手前の食卓には説教をせんと母様が座っている。父様(とうさま)は奥のソファに座っていた。


母様「重明。そこへ座りなさい。」


下嶋「はい、母様。」


下嶋はそこへ座った。


母様「重明。今何時ですか?」


下嶋「19:00です…」


母様「門限は何時ですか?」


下嶋「18:00です。」


母様「……1時間も過ぎてますね。」


下嶋「申し訳ございません!用事があり遅くなりました!」


母様「用事……バンドでもやっているのですか?」


下嶋「へっ?」


そう言うと母様はテーブルの上に1枚のCDと複数の紙の束を出した。それはこの前、下嶋が買ったJUDY AND MARYのCDともしもの時の為にコピーしておいた練習用の楽譜だった。


下嶋「こ、これは…」


母様「あなたの部屋から出て来ました。重明、あなたは母様達に隠れてこんな下賎な音楽を聴いていたのですね。」


下嶋「…下賎……?」


母様「私はあなたにクラシックを聴くように言ってありましたね。…それを、こんな…!」


下嶋「母様、お言葉ですが……」


母様「お黙りなさい‼︎」


下嶋は初めて母様が声を荒げたところを見た。その事にビックリし、もう何も喋れなくなってしまう。


母様「我が下嶋家は代々総理大臣を輩出してきた家系!その一族のあなたが、このような下賎な音楽を聴いてはいけません!」


下嶋「あ…う……う…」


母様「あなたは総理大臣になるべくして生まれて来たのですよ!こんな物を聴いてないで、総理大臣になるための勉強をしなさい!」


そう言うと母様はCDと楽譜をゴミ箱に捨てた。

下嶋はしょんぼりした感じで自分部屋へ戻った。母様の激昂、CDと楽譜を捨てられた事、初めて叱られた事、あらゆる事がショックで、下嶋は机に伏せてしまった。


そこへ父様が下嶋の部屋へやって来た。


コンコン


父様「重明。入るぞ。」


下嶋は覚悟する。母様に怒られたあとに父様にも怒られる事を。だが、父様は怒りに来たのではなかった。父様は下嶋にある物を渡す。それは母様が捨てたJUDY AND MARYのCDと練習用の楽譜だった。


父様「これはお前の大事な物なんだろ?今度は見つからないようにちゃんとしまっておけよ。」


下嶋「父様…」😢


下嶋はCDと楽譜を受け取ると鍵のかかる引き出しにしまった。

すると、父様が話しかけて来た。


父様「重明。お前バンドやってるのか?」


下嶋「……はい。」


父様「そうか…でも何故突然バンドなんだ?」


下嶋は音楽コンテストの事を父様に説明した。


父様「音楽コンテストか………。重明、実は私も昔は楽器をやってたんだ。バンドまでは組んでなかったけどな。」


下嶋「父様が?」


父様「まだ母様と出会う前だから、今のお前と同じくらいの歳の頃だ。まぁ、青春の思い出ってやつさ。」


下嶋「青春…」


父様「重明。青春は人生で一度きりしかない。そんな青春をめいっぱい楽しめ!私は応援してるぞ!」


下嶋「はい!父様!」


父様は下嶋の事を応援してくれると言った。だが、


父様「だがな、重明。母様の気持ちも理解してやってくれ。」


下嶋「……はい…」


父様「私が下嶋家の婿養子なのは知ってるな?母様のお父さん…つまりは、重明のお爺さんは総理大臣だった。お爺さんのお父さんも総理大臣だった。この下嶋家はずっと総理大臣を輩出してきたんだ。」


下嶋「はい。」


父様「でも……私だけは総理大臣になれなかった…。母様はそれが悔しかったんだと思う。だからお前をどうしても総理大臣にしたいんだ。」


下嶋「……」


父様「一つだけ約束してくれるか?」


下嶋「約束?」


父様「もし、その音楽コンテストで優勝出来なかったら…バンドを辞める。という約束を…」


下嶋「⁈」


父様「私が応援出来るのは音楽コンテストまで…。そこまでは何とか母様を説得してみせる。だがそこまでだ。あの負けん気の強い母様のこと、もし重明が優勝を逃せば絶対に『バンドを辞めろ』と言うはずだ。」


下嶋「………はい、分かりました。約束します。僕は音楽コンテストで優勝出来なかったら、バンドを辞めます!」



下嶋は熟考の末、『優勝出来なかったらバンドを辞める』という事を決めた。



父様「すまない、重明…」


下嶋「どうして父様が謝るのですか?」


父様「私が総理大臣になっていれば…お前をこんなに追い込んでしまう事はなかったかもしれないのに…」


下嶋「大丈夫です父様!僕は絶対に優勝します!その為に僕には素晴らしい仲間達がいるんです!」


父様「そうか……その仲間達を大事にするんだぞ。」


下嶋「はい!」


父様は下嶋の部屋を出て母様のいるリビングへ戻っていった。


母様「あなた、ちゃんと言ってきてくれましたか?」


父様「母様。重明にバンドをやらせてみようと思う。」


母様「⁈何を言っているのですか!あなたは!」


父様「聞いてくれ母様。…私達が出会ったの高校生の頃、私の学校の文化祭だったな。たしか催し物でライブがあって私もそれに参加してた。」


母様「???何を言っているのですか?」


父様「私はその頃トランペットにハマってたな。初めてのライブで緊張してた。母様は…確か“お義父様の言いつけを破って”ライブ会場に来ていたんだったな。」


母様「…そ、それが何ですか?重明の事とは関係ないですよ。」💦


父様「青春は一度きりなんだ。もし君がお義父様の言いつけを守ってライブ会場に来ていなかったら……私達は出会ってなかった。」


母様「………」


父様「母様。一度でいいんだ。重明にバンドをやらせてくれないか?」


母様「ですが…」


父様「音楽コンテストがあるらしいんだ。それで優勝出来なかったら、バンドを辞めると約束してくれた。それに初めてじゃないか、重明が自分から何かやりたいと言ったのは…今まで私達の言う事しか聞いてこなかったあの子が…だから、頼む!」


母様は考え込む。そして、父様との思い出。青春の日々も思い出していた。


母様「……分かりました。重明にも青春の思い出を作る権利はありますね…ただし、音楽コンテストが終わったら絶対にバンドは辞めさせますからね!」


父様と母様のやり取りをリビングの扉の前で聞いていた下嶋は、嬉しさのあまりリビングの中へ入っていった。そして、


下嶋「母様!父様!ありがとうございます!」


礼を言うと自分の部屋へ戻りギターの練習を堂々とし始めた。


母様「…あの子のあんな嬉しそうな顔を見たのは初めてな気がするわ……」


父様「そうだな。………でも…(この音じゃ優勝は無理かな…?)」(^_^;)


下嶋の部屋からリビングに聴こえてくるギターの音は、あまり上手い音ではなかったので、父様は少し心配になった。


それでも下嶋にとっては、心置きなくバンドを出来るようになったので、また新たな気持ちで活動していく事を心に誓った。



つづく