その男は、怪物ではありませんでした。
1961年、イスラエルでナチス・ドイツの幹部アイヒマンの裁判が行われました。
彼は、何百万人ものユダヤ人を強制収容所へ移送する計画を、事務的に進めた中心人物の一人でした。
世界中の人々は思いました。
きっと冷酷で、残忍で、特別に恐ろしい人間に違いない、と。
しかし実際に裁判に現れた彼は、まったく違いました。
真面目で、几帳面で、与えられた仕事を忠実にこなす。
どこにでもいそうな普通の役人の姿だったのです。
彼はこう言いました。
「私は命令に従っただけです。」
この裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントは、衝撃的な言葉を残しました。
それが
「悪の陳腐さ」
という考え方です。
これは、特別に悪い人が悪を行うのではない、という意味です。
むしろ、
考えることをやめた普通の人が、
流れの中で悪を行ってしまう。
それが現実だという指摘でした。
この問題を心理学の実験で確かめたのが、服従の心理の研究です。
心理学者スタンレー・ミルグラムは、この問題を科学的に確かめました。
有名な「服従実験」です。
実験では、
被験者は「教師役」として、
問いに間違えた相手に電気ショックを与えるよう命じられました。
もちろん本当は危険ではありません。
しかし被験者はそうとは知りません。
そして結果は衝撃的でした。
多くの人が、最後まで電気ショックを与え続けたのです。
なぜ、そのようなことが起きたのでしょうか。
理由はとてもシンプルです。
自分の行動に責任がない、と感じたからです。
命令されたからやった。
言われた通りにしただけ。
みんながやっているから。
こうして人は、自分で考えることを少しずつ手放していきます。
人が危険になるのは、
怒っているときでも、
悪意があるときでもありません。
自分で考えなくなったときです。
「服従の心理」が伝えている最も重要なメッセージは、
「責任を持って、自分で考える力」をつける、
ということだと、じゅくちょーは思います。
だから大切なのは、
子どもを叱ることでも、
褒めることでもありません。
本当に大切なのは、
自分で考える力を育てることです。
それが「自立」ということじゃないでしょうか。
武道塾でも同じです。
私たちは、ただ言うことを聞く子になってほしいとは思っていません。
なぜ礼をするのか。
なぜルールを守るのか。
なぜ相手を大切にするのか。
それを自分の頭で理解し、
自分の意思で行動できる人になってほしいと願っています。
強い人とは、
命令に従える人ではありません。
正しいことを、自分で選べる人です。
それが、本当の強さだと、私たちは考えています。
前に前に。
泣きはなし。
