同じ地域に住む、ナルシシズムの高い特定個人の人と

叔母が結んで、父母も巻き込まれて、早く寿命を終え、

私自信もものすごく生き辛い人生を歩んでまいりましたが、

これも私の業であると腹をくくっています。

 

次の生が地獄ではないように

そして、

早くに他界した父母が来世に得たその命で

幸福であるために、

悩み苦しみが無いように、

悟りがあるように、

できることならば、二度と母体に宿ることが無いように、

 

その為に、

慈悲の心を振るい起こして生きています。

 

叔母もそのナルシストも

お釈迦様御入滅の3カ月前に、

今すぐニルヴァーナにお入りくださいと

進言した悪しき者と同じ性分に思えます。

 

心の弱い人は、意図して他人を不幸にする術に長けていると思います。

ほんの些細な理由で他人を不幸に陥れるのです。

ねちねちと、いつまで根に持つ人の中には

他人の人生を意図して不幸に陥れるが居るのです。

 

私は一時はこういう人は殺すことが正義だと思ったこともありました。

 

しかし、

殺してはならない、

殺さしめてはならない、

という

お釈迦様の言葉によって

そして、

慈悲について確かに知ることができたため、

悪しき怒りの炎は発火したらすぐに消すことができるようになりました。

 

慈悲の心を持つことができたのならば、

それを絶やさぬようにすることが出来るのであれば、

その人は救われたと言えるでしょう。

 

終着駅である涅槃に到着するための

特急や新幹線の切符を

手に入れたようなものですからね。