最近になって、やっと「有りの侭」の重要さを感じるようになりました。
ただそこにある存在 「ありのまま」
伝達や事象を思い描くときって必ず「主観」が入ってきます。
評価や感想が加わってくるとそれに引きづられて
自分も他人も正確な判断がつかないことがあります。
ブッタとシッタカブッタ(1)新装版 [ 小泉吉宏 ] |
高校の頃にこの本に出会ったのは改めて思うと良かったと思います。
「仏陀」の教えをわかりやすく解説しています。
(自分は仏教徒ではありませんが、宗教の教えを学ぶ事に抵抗も感じません)
4コマ漫画の一節にある動物を初めて見た人がバラバラのパーツを
説明して一人に伝える場面がありました。
あるものは「鼻が長かった」
あるものは「後ろ足が大きかった」
あるものは「とても背が高かった」
見たことがない聞き手は結局よくわからない動物を想像した。。。
答えは「象」なんですが、
見たことがない人に象を説明するはどうすれば良いのでしょうか?
言葉だけでは伝えきれず、絵を書いたりしても迫力は伝わらず
次第に見えていないところは「想像」で賄うようになっていきます。
これって、何も初めてのことだけではないですよね。
ちょっとした出来事でも「伝え方」一つで相手の受け取り方が全然変わってきます。
ただただ「有るがまま」を知り、伝えること、伝わることの難しさ。
自分の意見を挟まず、受け止めることの難しさ
難易度はかなり高いです
でも、フラットに受け取ることを心がけていると
思った以上の効果もあります。
もてなす相手はいつも機嫌が良いわけではありません。
慌てているかもしれません。
その中で、こちらがフラットに受け取り接していると
相手も落ち着いてくることがわかりました。
喜怒哀楽が「フラット」になっていくのです。
これにより自分の思い描いた効果を与えていくことができたりするわけです。
気持ちの偏りは偏見
まっすぐ受け止めると、まっすぐ帰ってきます