100均のハロウィンマントを買ってお気に入りになったのが

3才の頃。

彼女の中ではハロウィンは特別なようです。

プチ仮装w

 

お菓子の蓋の裏にかぼちゃの口がついてました

 

お仕事のメモ書きのようなものですが、

まぁ、いつの時代も「最近の若いもんは~」って言われたりします。

時代背景、それぞれの世代の特徴みたいなものの総称として

感じていましたが、年齢を重ねるにつれて、やっぱり言ってしまうもんなんですね

 

ただ、ここ2・3年の新卒の姿を見ていて

「空気感」が一気に変わったような気がしています。

 

で、やっぱり苦労している人が多く(トレーニー側が)戸惑いを感じている人が多いのか

お客様の中からもよくご相談を受けたりします

 

あくまで一個人の意見としてご覧いただければ幸いです。

 

 

ここ数年、よく見受けられるようになってきた人の特徴は以下のとおり

・責任を取ろうとしない

・思考は他人任せ

・特別感を欲するがそれに対する何かを行っているわけではない

・目標を持っていない、または目標や夢は勝手に来るものと思っている

・自分の時間は大切だが他人に対して想像力が働かないため、他人の時間を浪費させる

 

総合すると「極度の現状維持を目的とした行動原理」を持っているように思われます

時代背景としては

・生まれた時から不景気のため、周りの大人は現状維持に努めていた

・社会的に先行き不透明で「ゴールドラッシュ」のような大きなマーケット発掘が難しい

・誰かに言われたことが正解で、その経験の積み重ねから「失敗」経験が乏しい

 

なので、極力思考を停止し、他人任せに判断を委ねる事が

行動の「芯」にあるように見受けられます。

「考える」「想像する」とそれに伴った結果が生じ、その結果に対して

「変化」が生まれることを恐れているような気がします。

 

行動として「ひきこもり」をしている人はある意味分かりやすいですが

「脳内ひきこもり」は厄介な部類で、研修等の妨げになっているように思います。

 

で、結果としてどうやって研修するかと実はずっと悩んでいたわけですが、

文章を書き連ねるに連れて意外と自分の脳内が整理されてきましたw

 

「成功」「失敗」の波に乗せ、成功体験を積み重ねるようにすること です

 

「褒めて育てる」とはちょっとニュアンスが異なります

「褒めて育てる」パターンの育成は今までの「家庭」の延長で

「この人の言われたことをすればいいんだ」という認識を助長させます

(○○をやってもらう⇒ルートを示す⇒できたら褒める パターン)

<褒めるための仕事を与えるためにはその仕事をこちらが認識している必要があり

 その必要があるということは結果をトレーニーがわかっているため

 ルーチンにハマりやすくなる>

 

「失敗体験」が少ない人は実は「成功体験」も少ないと感じています

(あくまで個々の認識としての成功と失敗です)

変化を生むために徐々に成功体験を積ませて(同時に失敗もさせる)

振り幅を大きくさせていきます

そこに有効な手段は・・・・・

 

答えのない「なぜ?」の問いかけ連発

 

出てきた答えが当たっていようが、間違っていようが問いかけながら

答えを出さないようにします。

最終的な結論として伝えるのはただ一つです

「それでやってみたら?」

 

無責任の放置主義のように字面から見ると思われますが、

振り幅がそもそも小さい人は大きな失敗を恐れて出てくる答えは

小さくまとまっており、突拍子のない答えは出てきません。

何度か続けて行っていくうちに「突拍子のない答え」が帰ってくるようになってきたら

次のステップへ進むようにすれば、自ずと成長ルートに乗っていくような気がします。

 

トレーニーは今まで以上の忍耐力が必要となるわけですが、

耐えればそれも良い経験となっていくように思われます

 

影となり後ろに付いて。。。。

成長を見守るのはなかなか胃が痛くなりますが。。。

 

 

 

「おもて」では「なし」ですね。

仕事柄、様々な人とお話をする機会が多いので、

それなりに皆様に合わせるようにしています。

ただ、それでも「残念さ」を感じてしまう人がおられます。


漠然とこんな感じ、とは常日頃思ったりしていたわけですが、

改めて考えてみると

「知識をひけらかし、謙虚さがない人」

は苦手だなぁと気がつきました。


井の中の蛙とでもいうのだろうか

それを自覚できていない人を見ると

つい「かわいそう」と思ってしまいます。


そんな強い感情を持った人は意外と覚えており、

反芻し思い出すことで、自分への戒めになったりするものです。


数年前の話

その方は茶道の知識があるのか、お点前をお受けになられたあとに

「あの先生は茶道を知らない」

「あの流派はこうだという話をしたら、その知識がないのか

 うろたえていた」

みたいなことを、手柄を立てたようにお話されていました。


茶道はもちろん、様々な流派のあるものは

それぞれで所作が少しずつ異なります。

確かに、その方の知っている流派ではそうだったかもしれませんが、

わざわざ、茶席で話してしまうあたり、

茶道を知っている人としてはレベルが低いと感じてしまいました。

(他人を「評価する」ことは避けるようにしているのですが、

 この時ばかりは印象が強すぎて、つい「評価」してしまいました)


周りの土地のご案内や、自分の好きな分野を話すとき、

つい自分も「知識」を我が物で話していないか、振り返ります。

まだまだだなぁ、と思った瞬間にこのエピソードをいつも思い出してしまいます。


「能ある鷹は爪を隠す」

今まであまりピンと来ないことが多かったですが、

「知識」をもっているけど、「謙虚」であることが

まさにこの言葉なんだろうなと感じてしまいました。


10の知りたいことに対して9を出し、会話の中でそっと2を追加する

これぐらいの感覚がちょうどいい気がします

会話のおもてなしもまだまだ奥が深いです。