一周忌が終わったり
誕生日が過ぎたり
地震がきたり
停電になったり
風邪をひいたり
コロナが流行ったり
マスクをしたり
消毒をしたり

ねぇ、お母さん
それでも
どんなこの世の中でも
私はお母さんに会いたいよ

消えてしまったアプリに
亡くなる前日の写メがあったのに
それも見れなくなって
昔のメールのやりとりや
癌でした
という言葉の重さがね
ふと
私に降り掛かってきてね
大泣きをしてしまうの。

冬がきたよ
会いたい

毎日ご飯をあげて
嫌なこと
心配なこと
不安なこと
嬉しいこと
全部聞いてもらってる
お風呂でもそう

楽しい日もあるけど
悲しい日もあるよ
もうすぐクリスマスがくる

私は
お母さんに会いたいよ

亡くなった人に
会えるチャンスは無いのかな...
お母さんに会いたい人
いっぱいいるんだよ?
でも
それは、お母さんも一緒だよね。
ごめんね。

明日
中学の友達に会ってくる。
みんな
お葬式にきてくれたんだけど
見てたかな?

なんかね
特に気にしてなかったけど
本当に
何かにすがれるならすがりたい
お母さんに会いたい

生きていた、ということだけを
胸に刻んで
生きていくのは悲しいね。
1年に1度
10年に1度でいいから
悲しい夜に会いに来てほしい。

お母さんに会いたい。
続いてる。
母がいなくなっても
毎日が
続いてる。

時間も曜日も
あの時から
ずっと続いている。
毎日続く事は当たり前だけど
私は当たり前じゃなくなっちゃって
それでも当たり前だって
みんなが言うから
みんなはそうだから
誰にも伝わらなくて

私の悲しみを
わかってほしい!とは言わないから
わかっていてほしかった
何を聞いても
観ても
食べたりしても
感動もなにも無くて
すべて母に繋がっていて
泣いて泣いて泣いて

泣かないで
と言われても
泣かないではいられないのに。
悲しみを
わかってほしい!とは言わないから
わかっていてほしかった
否定しないでほしかった

時間が解決する
言わないでほしかった...

悲しみを
分かち合える身内に
すがるように
思い出話を繰り返し言い
私は悲しいんだ、と
アナタも悲しいよね?と
巻き込まずにはいられなかった
巻き込まれて泣いているのは
とても居心地が良かった。

明るく振る舞うのが
本当にキツかった。


母は、もう
私達の住む世界にはいません。
でも、
どの世界にいるのかは
誰にもわからない。


このブログを書いていれば
書き続けていけていれば、
母の経過や
私の心情をツラツラと
ひっそりと吐いていければ
まだ希望はあったのかもしれない。
過去を振り返り
思い出して思い出して
あの日の事や、あの日の痛みや
あの日の気持ちや、あの日のすべてを
そうやって思い出して書いている間に
母は
かえらぬ人になってしまった。

65歳という若さ
若さという言葉とは
また違うのかもしれないけれど
もう
母の声を聞く事も
母の手を握り体温を感じる事も
母の手料理を食べる事も
母の顔を見る事も
母と会話をする事も
母との
あらゆる事をたたれてしまった。

私には
この現実を
苦行と呼び
戒めと呼び
試練と呼び
落胆と呼び
悲しみと呼び
戸惑いと呼び
ある意味、孤独と呼び
言葉にならないと探し
声を上げ泣き
溢れ出る
絶望と呼んでいる。