去年の3月に弟の肺癌を報告した。発見された時点でステージ4と告知された。

かなり厳しい状況だと覚悟していたが仕事にも治療にも真摯に向き合っていた。

一進一退しながらもその内的確な治療に巡り会う事を信じて深刻には考えずに

過ごしていた。

それでも彼は覚悟は決めて日々を過ごして旧知の友人達とは今生の別れを続け

ていた。

そんな弟を見ながら何の彼のと言いながら数年は大丈夫だろうと安心していた。

その知らせが届いたのは今年の1月2日のことだった。

例年通り寝正月を送り完全に脱力してテレビを観ていたその時である。

それまで電話などして来た事の無い甥から電話が掛かって来た。

正月の挨拶でもするのかと思っていたらいきなりお父さんが死んだ・・の答え

が返って来たのだった。

瞬間、なんでやぁと叫んでいた。先日大晦日に今年も力を振り絞って一族で

(20人程)大晦日の行事(自宅で宴会)をする事が出来たと連絡して来ていたか

らである。

正直まさか死ぬとは思っていなかったので正に青天の霹靂だったのである。

それから葬儀迄の10日間生きた心地がしなかった。

葬儀が終わって一段落した頃に弟の嫁からは今後の付き合いについては遠慮

する旨のメールを貰った。

島根県出身でこよなく島根の故郷を愛した弟は彼の思った通り無宗教で葬儀

が行われ埼玉の石川遼君の地元の近くの墓地に眠っている。

大阪に住む私にとっては余りにも遠い終焉地となってしまった。

昔何度か占って貰った易者は誰もが貴方は家族に縁が薄い人だと言われてい

た。

今になってその言葉がやけに身に染みるのである。

祖父さん祖母さんは生まれる前に死んでしまいその上に親子三代で離婚経験

し家族バラバラで生きて来た。

何かしら身の上を恨んで空を見上げる今日この頃である。

 

久し振りです。

3月20日過ぎに家人共々コロナウィルスに感染し

暫く大変な目に遭いましたが一頃の状況とは一変し

コロナウィルスもインフルエンザや風邪に近い存在

になったようです。

そんな折母親の従兄弟で歳が私と3つしか違わない

昔は良く遊んだお兄ちゃん72歳と50年振りに梅

田で食事をする事になり結構長い昔話や近況を話し

て来ました。

ひとつ気になったのは我々の血筋では老いてから癌

に罹患する人はいたんですが若い内に癌になる人は

殆ど居なかったので癌には縁がないものだと思って

生きて来ました。

所が数年前に私が前立腺癌を発症し(放射線治療でほ

ぼ完治)するとその前に食事に行ったお兄ちゃんの兄

が膀胱癌で既に手術を済ましており、昨年12月には

彼等の従兄弟である80歳のお兄さんが肺癌で亡くな

り葬儀が終わってからその事実を知らされました。

そして今度食事に行ったお兄さんと電話で打ち合わせ

をした際に彼も前立腺癌が見付かり近々に陽子線治療

を受ける事を聞かされました。

私がコロナウィルスに感染した頃には弟から連絡があ

り呼吸が苦しくて受診したら胸水が溜まっておりその

後の検査で肺癌である事が確定したと知らされました。

良く良く考えれば皆んな同じ様に年を取っており気付

けば皆んな既に老人の域に達している事を実感しまし

た。

最近は医療も格段の進歩を遂げており昔の様に直ぐに

絶望の淵に突き落とされる事も無くなりましたが癌が

怖い病気だという事に変わりはありません。

皆さんもどうか健康診断を怠らずに癌の早期発見に心

掛けて下さい。

只々皆んなが病気平癒して普段の生活を取り戻せる様

に祈るだけです。

 

 

何の変哲も無い硬式バットです。もう10数年以上も前にミズノ本社で買いました。野球の道具が手元にあるだけで安心する馬鹿な爺いです。