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この世紀末の雰囲気、もう笑うしかない。




 

管総理が総裁選の出馬を断念した。

 

 

事実上の辞任だ。

 

 

 

意外だった……   

 

なんだかんだ言われたって、総裁選には出ると思ってたし、

 

なんだかんだ勝ちそうな気もしてたから……。

 

 

 

◯解散を考えていて、安倍さんや進次郎さんに「それ、マジでやめて」と言われたのが

 堪えたのだろうか

 

今解散すれば自民党惨敗で政権交代の可能性すらあったし

若手党員たちからも反発もあったという。

 

 




 

◯横浜市長選で推した 小此木さんの敗戦が堪えたのだろうか……

 

ふつうに考えると

やはり、横浜市長選で負けたのが 大きいのだろう。

 

 

 

 

元大臣が辞めてまで、出馬し

 

現職の総理が推してまでしても 勝てなかったのは でかい……。

 

 

しかも、18万票の差で開票スタートの20時当確って

圧勝も過ぎるでしょ

 

 

 

小此木さんも管さんも 地元の名士ですからね

ふつうは応援するんですよ

 

 

 

でも、市民はNOだった。

 

 

 

それほどまでに、人気がだだ下がりになってしまったということだろう。

 

カジノ誘致とか、さすがに市民も立ち上がったのだろう。

 

投票率がかなり上がったらしいからね……

 

 

 

当選した山中さんは、横浜私立大学のデータサイエンスの教授であるので

コロナ対策に期待し、投票した市民もいると思うが

 

 

それ以上に管さんNOという部分が大きいのが横浜市長選だった。

 

 

国政での批判はもちろんあったかと思うが、致命傷はそこだろう。

 

 

 

 

地方から瓦解していった管政権、次の総理大臣は一体だれになるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しひで、おつかれ様。

 

お前がさ、テレビに出てると 食欲がなくなったりしたけどさ

 

吐き気と動機と息ぎれもしたけどさ

 

いい面もあったよ

 

お陰で、体重が2kgも落ちたんだから。  

 

 …いやいや、うそうそ。

 

 

 

 

 

お前はさ、目に見えない仕事はけっこうやってたっていうし、がんばってたんだよな

 

仕事人だから、表に出て あれこれやるのが苦手なだけなんだよな…

 

職人としてはやはり有能だと思う。

 

進次郎も泣きながら言ってたぞ「一番仕事した首相だった」って。

いい部下をもったな……。

 

 

 

それにさ

息子の会社と癒着してよろしくやっててもさ、総務利権や人事権でうまいことやってもいいとおもう

そんなのよくあることだよ

 

少しの甘い汁は吸っていいと思うよ、モスキート顔だし

 

あれ、深海魚だったっけ??

 

酷いこという奴がいるもんだよ  

 

気にするなよ、おれはモスキートだと思う。

 

 

 

 

 

でもさ、緊縮はよくなかったよ

まぁさ、ご助言なんだろけどさ

ちゃんと予算付けたら使わないと  

 

 

お金は血液なんだから使ってまわさないと、

お前がもらってもいいけど、すぐ遣ってくれよな

 

 

二階幹事長なんか、銀座のママに2億円の指輪買ってるんだから。

 

 

あれはあれで、誰かの所得になっているわけだから

遣ってる時点で、正義だよ。

いいかい、単式簿記で考えちゃだめだよ

世の中は複式簿記で流れてるんだから

 

 

相対する勘定科目が存在するわけだから

そこんとこ ちゃんと考えてくれないと

 

 

 

 

分かった? よし、じゃー

 

一緒に受けに行こうぜ  簿記4級。

 

 

 

 

横浜高校くらいで試験やってるだろ?

ほら、松坂の出身高校の。

 

 

 

 

 

そういえば 知り合いに Y高野球部出身のやつがさ、合う度に

ほら松坂……って一緒に撮った写真を見せてくるやつ、いたな~・・

 

ずっと、その写真持ち運んでるもんだから くしゃくしゃになっちゃっててさ…

 

「もうさ、ロケットにして首にさげてろよ!」    って言ったら 

「彼女じゃないんだから!」 って言ってたけど

彼女じゃないんなら持ち歩くなよ!  っていうね……  

 

 

 

 

うん、

 

でなんの話だっけ?

 


 

 

 

 

 

 

 

 

日本にも悪いところはあったかも知れません。

 

傲りもあったかも知れません。

 

 

 

 

でも、

 

あの頃、あの中ではまだ マシだったんじゃないかな  僕はそう思うわけです。

 

当時、戦争に勝った国は、当たり前に植民地にして支配していたワケですが

 

日本は統治はするにしても、その国の発展も考えていたわけです。

 

 

 

 

奴隷にして、利益を取るだけの植民地に対して

 

日本は共存共栄の精神で、その国の発展にも努めていたわけです。

 

 

 

 

こういうと、日本びいき過ぎる! などと言われるかも知れません。

 

全部が全部、人の為ではなく。もちろん自国に利益もあるからやっていたとろもあるでしょう。

 

 

 

 

 

でも、僕が言っているのは、まだマシだったんじゃないの? という話です。

 

 

 

 

 

というのは、

当時の列強の思想は、植民地=奴隷支配 だったわけです。

強い物が勝つ。極めて動物的な思想が当たり前でした。

 

でも、日本はともに栄えていこう というWinWinの精神があったんです。

 

 

 

 

 

なぜ、そう言えるのかというと、

それは戦争の呼び方からも分かります。

 

 

 

 

 

 

今では、

テレビをはじめ、多くのメディアが

先の大戦のことを 第二次世界大戦や太平洋戦争 と呼びますが

 

 

 

 

 

 

 

 

当時の日本は ”大東亜戦争”と呼んでいたんです。

いまだに、たまにこう呼ぶ人いるでしょ?

 

大東亜共栄圏のための戦争、そういう位置づけだったわけです。

 

 

 

 

 

大東亜共栄圏とは、日本をリーダーにして東アジアみんなで栄えていこう という構想です。

 

当時は、アジアが植民地にされるのが当たり前の時代だったので

 

その植民地支配から脱却して、自分たちで共栄していこうよ という考え方です。

 

 

 

 

 

まぁ、言い出しっぺが自らリーダーで……と言っているので、

現代からみたら え~ という感覚はあるかも知れません。。

 

 

おまえ…自分で言うなよ… ていうね 

 

 

でも、奴隷にされるよりはマシじゃないですか   僕はそう思うんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際、その実は分かりません。

 

僕が見た人や資料が、嘘つきだったのかも知れませんし、

 

僕がアホで、意味を取り違えているのかも知れません。

 

でも、

 

ならばなんで  戦争の呼び方を変えさせたのか? ということです。

 



そういう経緯が見てとれる 呼称が残ってしまうことが不都合だったからではないでしょうか。

 

 


 第二次世界大戦、太平洋戦争

と呼び方をかえることで 

そこに込められた 意味を 主義主張を

 消したかったんじゃないでしょうか。




大東亜…と冠していれば、それ何? となるわけです。

 地名や数字では、意味が読み取れません。

ふーん…で流されるわけです。

 




 

 


 

戦争全体で対比して見る場合は、第一次世界大戦、二次世界大戦と呼ぶ事はありますが

 

個別具体的な場合は、「大東亜戦争」と呼んでいます。

 

 

 

 

 




 

なんで、こんなところに こだわるのかと言うと

 

ぼくの大好きなおじいちゃんが、命をかけて戦った戦争だからです。

 

 

おじいちゃんは、

侵略のために、命をかけたんじゃない。

僕たちを守るために、命をかけて戦ったんだ……と。

 

 

 

 

 

自虐史観は、自分どころか、先祖をさげてしまうことなんだ と気づきました。

 

だから、客観的に悪いところはみとめて、そうでないところは否定する。

 

当たり前のことを、当たり前に。

 

それが、先人に報いること、ひいては自分たちのため、子孫のためになるのだと思っています。

 

 

 

まぁ…

当たり前が難しい世の中ですが、できる限りあらがいたいものです。

 

 


法事でした。





お部屋の中でお経をきいて


(外に出て)


猛烈な日差しで、
お経をきいて



さっきの部屋に戻って
また、お経唱え出した……





法事ってこんな長かったΣ(゚д゚lll)!??





同じ3段構成なんだけど、ラブアフェアのようにはいかない…












で、説法をきいて
会食が始まりました。








でも、ひとりせっかちなおじさんがいまして、
「もーいいよな?!」と 
お重のふたを外して 1人食べ始めてしまいました。





全員分が揃うまで、みんな待っていたのですが、
おじさんはお構いなしです。



その後、みんなの分のお食事がそろい、
蓋を開け始めたタイミングで


係の人が「フタだけ頂戴していいですか?」
と  お重の蓋を集めてまわり始めました。




せっかちなおじさんは、
「え?下?したってなんだよ??」と 自分の股間を凝視し始めました。


(フタが下に聴こえたみたいです…)





みんな いつものことなので
見て見ぬふりです。
(おっちょこちょいなのです)




みんなの蓋を 取り終えて 
いよいよ、
係の人が おじさんのところにやってきました。



係の人は「フタだけ頂戴していいですか?」
手を差し出しました。






おじさんは、
股間を両手で押さえながら
「これを…どうするんですか??」
と訝しげな顔で 係員の様子をうかがいます。


下=股間という 安易な発想…)



係の人は、ドン引きです。




ちょっとイラッとしたのか、
フタです!テーブルのフタです!(テーブルに置いてある弁当のフタ)
と ちょっと大きめの声を出しました。



すると、おじさんは、
訝しげな表情を浮かべながら
「テーブルの下??」
と両膝をつき、テーブルの下を覗きこみました。



「ありません!!」とテーブルを確認したおじさんが
ひょっこりと顔を出しました。


(なんだと思っているんだ…)





係の人はドンドン引きです。




もう我慢ならなくなったのか、係の人は
ソーシャルディスタンスの結界を破り、強引なカットインで

「コレです!!!」 
「フタ!」 
「お弁当のフタです!!」
と叫び  フタを取り上げてスタスタと行ってしまいました。








おじさんはテーブルの下から のっそりと出てきて
静かにお弁当を食べ始めました。






その後、ずーっと 兄弟の旦那に
「お兄さんとこの庭さ、広いよね〜ドッグランできるよ」

「ドッグランにしようよ、あそこドッグランにしたらさ〜……」

と謎の会話をしていて……

 気付いたら 消えてました。




え〜…(゚д゚lll)


帰るの早…








せっかちな人って 気付いたらいつのまにか
いなくなってるよね…




そんな猛暑の日でした。