珈琲 たいむす -33ページ目

珈琲 たいむす

QAHWAقهوة‎ TIMES
珈琲たいむすへ ようこそ

この世紀末の雰囲気、もう笑うしかない。



夏が過ぎるのが 寂しい理由……

ん〜

私はなんで、こんなことを考えているのだ?






そんな暇があるなら仕事しろよ!
 /(-_-/)(\-_-)\□オイトイテ…





前回で、幼い頃の体験を引きずっているから
と答えを出したが

それは少し違った。





では、なぜだ……
と一晩中考えた結果、むしろ逆だと思ったのだ。

仕事しろよ…






夏の終わりが寂しくなるのは、
むしろ、子どもの頃(小学校くらいまで)より、
大人(中学高校〜)にあるのではないだろうか。





もっと、人間の根本的な 生物的な問題だと
思ったのである。







その理由は、
生物の最盛期は夏 だからである。



生物は、秋は冬に向けて手終いをし、
冬は冬眠をし、春に目覚め、
夏に盛える のである。

盛えるのは、命を繋ぐためである。





"生きる目的はなんですか?"
と聞かれたら 人としては考え込んでしまうが

生物としたら、命を繋ぐこと 1択なのである。


命を繋ぎ、そして死ぬまで生きること。
これが生物の役割、定めなのだ。




この種の保存の最盛期が夏なのである。
だから、夏が過ぎ去ってしまうのが 寂しいと感じると思ったのだ。




夏に恋が燃えやすいは、生物的にいえば
そういった理由だろう。




じゃー恋してないオイラたち はどうなんだよ!?
というお叱りを受けるかもしれないが、


別に、自分が恋をしてなくても、
あるいは、そういったことに関心がなくても、


全世界の生物がそういった傾向にあり
一種のお祭りムードを醸し出しているわけであるから、そのムードに影響され
寂しさを感じている と考えることができる。




とくに
集団を形成する生き物は、その集団の影響を受けやすい。 
なぜ受けるかと言えば、 集団で行動することによって、外敵から身を守り、生き延びる確率をあげられるからだ。


一匹だとサクッと捕食されてしまうが、
これが千匹いたら
獰猛なライオンでさえも 「千匹いや〜っ!」と少しなりとも躊躇することだろう。


千匹いや〜! 千疋屋ぁ〜…
なんつって。
こうのが要らないんだよな…




人間でいうところの、社会性がこれに該当する
と思うだが、
やはり皆、集団に何かしらの影響は受けている。



とくに大きなムードや、宗教、習わし等は
ほとんどの人間が影響を受けている。
だからこそ、全体の統率がとれ
これほど人間社会が発展しているのだ。



誰かがラーメンとかカレー食べてると
自分も無性に食べたくなる様に
集団や人に引っ張られるのが、私たちであると思うのだ。


とくに、日本において その影響されっぷりの度合いは群を抜いている。
ONE FOR ALL
社会の仕組みを考えれば合点がいく。




感情も、集団で生きる上で必要だからこそ、身についたとも言われている。

であれば、生物のそういったお祭りムードを
潜在的に察知して、寂しさを感じていると考られるのではないだろうか。



それが、夏の終わりが寂しい理由ではないだろうか。



だから、なんとなく
理由は、よく分からないけど
夏の終わりに 寂しいな〜という 感情に包まれるのではないだろうか。





じゃー、夏休みなど風習的な要素は
全く関係ないのかよ!
というと そうではなく




その生物的な要素という土台の上に
夏休みという文化的なものが乗っかっていると思うのだ。




1F 楽しい夏休みが過ぎてしまうから
BF 生物としての最盛期だから

という感じである。




ただ、体験は人によって区々なので
基礎にそういった根源的な要請があり、
その土台の上に個々人の体験が載っているのでは
ないか、と考えたものである。



つまり、

である。








天の声
「では、次回の期日までに、この論拠の妥当性を
吟味するとしよう……」




あんた、まだいたのか
(´༎ຶོρ༎ຶོ`)








おしまい







----------------------
ん〜我ながら理屈っぽかった……
ちょっとモヤっちゃったかな〜



ここまで、ご覧の方、
おじさんのセンチメンタルジャーニーに
お付き合いいただきありがとうございました。




夜は風が涼しくなってきて
時折、鈴虫の声が聞こえてきます。


今は独唱ですが、
秋になるにつれて 
ハーモニーを奏でてくれることでしょう。


それでは、夏の終わりを奏でる生き物の生態を
ご覧ください。


井上陽水&玉置浩二で、
「夏の終わりのハーモニー」。


こんな鈴虫いたらいいよね。



















小木の義理弟



なんで、夏が過ぎるのがこんなに 寂しいんだろう。


切なくなる。


そんな言葉が きれいに当てはまる。







春夏秋冬、日本には四季折々の素晴らしい


行事や食べ物があるけれど、


その中でも、終わっちゃったな感が強いのは


やっぱり夏なんだよなぁ……









春でも「あーたけのこ もう食べれないなぁ」とか


秋は「松茸 結局 食べれなかったなぁ…」


食べ物ばかりやないかい

行事はどこいった!(๑•ૅㅁ•๑)?


とかあるけど





なんだろう、全体的に "夏"が過ぎるのが

一番寂しく感じる。







なんでなんだろ……と

少し考えてみた結果、

"思い出の多さ" かな と思った。


小学生の夏にはなが〜い 夏休みがある。




レジャー、


親戚との交流、友だちと遊ぶ、


など色々な 楽しいできごとがある。





だから、楽しいものが 終わってしまうと

いう感覚が 大人になっても 寂しく感じさせているのかな……と。




中学、高校と…大人になっても

思い出はできるけど




三子の魂じゃないけど、

やはり、子どもの頃に体験したことや

幼少期に味わった

原風景みたいなものを



人は、大人になっても、

ズルズルと引きずって

生きているのでわないか…と。




ほら、サザエさんシンドロームとか、ブルーマンデーとか、今でも思い出すし、今でもあるでしょ?



あれは、小学校くらいまでの

体験が根源にあるのではないか と思うのだ。



「あ〜日曜日が終わってしまう……」 という

あのやるせない思いは、今思い出しても

やるせない。。




だから、夏が終わるのは寂しいのだ( ̄(工) ̄)

ドーン!







……


と、ドヤってみたものの、、、


そこで、ツッコミが入る。






天の声


「生活パターンが変わると、サザエさんやブルーマンデーは関係無くなるんじゃないか?」



「あれは、月曜日が学校や仕事だから

ブルーになるわけで


大人になって、月曜休みにでもなれば

影響しなくなる。

逆にハッピーマンデーにさえなり得る。」





いや…でも、それは子どもの頃の気持ちを

引きずっているからで……

 


「引きずってないんじゃないか?

君は今でも月曜日が憂鬱になるのかい?」





ぐ……

確かに、、、わたしが不定休なのだけど

月曜日は別に、嫌いじゃない。。。

福山雅治の連れは、水曜の朝が嫌いらしいが…





さらには、

アレ? 今日、月曜日だっけ?

みたいなことが多々ある。


サザエさん症候群も発症してないし、ブルーマンデーな気分にもなってない。。。






 

「そうであろう……。

であるからして、原告のその論は根拠を欠き

請求棄却とするっ!」

ドーンっ!






お、お前は一体誰なんだ…

(´༎ຶོρ༎ຶོ`)





ん〜じゃあ、この 寂しさの

おセンチメンタルの正体は なんなんだ……






次号②に続く。

後半である


 






-----------

またアクセス数が取れない記事を書いてしまった……

仕事なら間違いなくボツであろう。。

「誰がおっさんのセンチメンタルの訳なんて聞きたいだよ!!」とのお叱りを受けながら。。


でも、ここは僕のページだから

好き勝手しちゃうんだからねっ!


と、中二病おじさんにしばしお付き合いください。





さよなら夏の日/山下達郎





きなこおはぎ だけは持って帰るんだよな……


親父の話である。






何かあげても
高確率で、「要らない」と突き返される。



親父のストライクゾーンは狭い。
しかも、その日の気分によって変わる。




そんな親父が100%の確率で持って帰るのが、
きなこおはぎ。



だから、
最近、会う度に きな粉おはぎ を持参するようにしている。



お盆もそれにもれず、きな粉 おはぎを持参したら  「要る」と言ってそそくさと バッグに詰め込んでいた。



おお、詰めた 詰めた。。

犬に餌をあげて 食べてくれたときのような
嬉しさがある。






親をペットと一緒にするなよ とお叱りを受けるかも知れないが


だって、毎回なにあげても「要らない!」とつっけんどんな態度で 突き返されるんだもの
私も心が折れる……


なので、ときに
自分の心の緩衝材として、
親父を獣だと思うようにしている。




期待をしてしまうから、いけない。
人として、このくらい当たり前でしょ
という傲慢な考えがあるから、人に期待をして
勝手に 自らが傷つくのだ。



外部的要因に見えて、究極は内部的自己的な問題なのである。



なので、目の前にいるのは
猛獣、怪獣、珍獣 と考えるのだ。





そのような動物であれば、吠えるのも、噛み付くのも
当たり前である。



つっけんどんな態度もなんのその。



その視点でいれば、
食べてくれただけで
可愛いとさえ思える。


おーよしよし、食べたね。

いい子いい子ねー 




許せ親父……
これが円満な家族関係の秘訣なのだ。。



じゃないと、アタシ頭おかしくなっちゃうんだからね٩( ᐛ )و テヘッ











そんな親父とのお盆だったのだが、
今年も仏壇に線香をあげてご挨拶をしてきた。




いつも、ご先祖様にお線香をあげて、思う
"ありがとうございます"



いつも、思っているのだが、
終戦の日もあって、ご時世もあって
その思いは いつもより
より濃く、浮き彫りになって現れた。



あの戦争の時代を、戦後の時代を
生き抜いて来られたから 今の私がある。




蛸壺に入って爆弾を抱えていたおじいちゃん、
奉公に行って苦労をしたおばあちゃん

仕事も選ばず、朝から晩まで働いて
親を育て 

その親が私を育て、

その私は今バジルを育てている。


ごめんね、あなたの曾孫は シソ科の植物になっちゃったよ、、、








戦後77年、
生まれた時代が少し違えば、私がそれを背負わなければならなかった。


その苦労をして、今の日本の礎を築いてくれた

ご先祖様たちに、ありがとう。




私になにかできることがあれば、
させていただきたい。




自分の幸せを追うのもいいけど、
全体のために奉仕するのもまた、
人の、生物の務めだと思うから。

実り、枯れて、種になって繋ぐ命。
そう、バジルのように。

違うか…
いや、合ってるのか…






日本唯一無二のお盆ソング。