意味:
シルベーヌの豆だけ食べちゃう人のこと。または、その様。
主に幼児期の子どもに多くみられる行動だが
まれに、空気が読めない 大人が
やってしまうと 場の空気が悪くなる。
中学生になってまで、豆さらいが抜けないこどもは
その後、親戚に社会適正を疑われて生きることになる。
購買層
シルベーヌを常備しておく家族のことを
「シルベーヌファミリー」というが、
このシルベーヌファミリーが全体の98%を占めるとも言われている。
確かに、単身シルベーヌは 大人買い
という言い訳だけでは 孤独感が拭いきれないだろう。
因みに、シルベーヌの年間消費量が75箱を超えると 「ロイヤルシルベーヌファミリー」という称号が与えられ
イギリス王室とタメ口で話せるようになる。
被害者救済措置
シルベーヌを食べようとした時に
象徴であるお豆さんが
ないことは、大人であっても 精神的打撃が大きいことは想像に容易い。
そこで、救済措置として 煮豆をのせてみるが 甘さが崩壊して後悔する羽目になる。
もう一箱買ってきて、そこから豆を抜き取り載せることがあるが
「抜いた後のシルベーヌが豆無しになることが、分からないのか!」 と大人の怒号に晒されることになる。
この負のスパイラルを
シルベーヌスパイラル という。
文学
そんな、シルベーヌスパイラルをみて
文学者 ぶっころ太郎は
「豆なき跡…」を執筆。
豆があったんだね…
たしかに、其処には 豆があったのだね…
跡に漂う虚無感は、君失いし後に 煮ている。。
(月刊文芸誌
明星チャルメラ より 一部抜粋)



