【短編小説】定年退職~解き放たれた夫~ | 珈琲 たいむす

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この世紀末の雰囲気、もう笑うしかない。

お見合いで知り合って    無口な人だな~  なんて思いながらも




その誠実な人柄に  惹かれて結婚











毎朝7:30に家を出て    夜の8時には帰ってきて



夫はこういいます




「お~い、飯にしてくれ。。」








最初は、ご飯か  お風呂か 聞いていたものの



この30年間、 お~い、飯にしてくれ  ・・・こればっかり。








結婚 半年くらいたった 頃かしら


毎日同じ返事ばかりで  頭にきた私は   








夫の お~い、飯にしてくれに   かぶせ気味に


「ご飯でしょっ!!」  て  怒っちゃったこともあったわね・・・








まだ 新婚なのに "長年連れ添った夫婦" みたいな  夫のセリフが


寂しかったのだと思います。。。










今思えば、なんであんなことで  怒ってしまったのでしょう


夫婦30年も  やっていれば   もっと  腹が立つことは いくらでもあるのに・・・










私が夫に怒ったのは   その一度きり。。。


だって  結婚て  そういうものでしょう? 



がまん、がまん、、  これが わたしの口癖だった










その


30年手あかで  茶色くなった 




 夫のセリフを聞くのも     今日が最後








夫の定年退職です。








  くたびれた背広をみて  思うの


夫も同じ思いだったのだろうと







同じ我慢を  積み重ねてきたから   


この30年  やってこれたのよね・・






お父さん、ありがとう。。。









そんなことを   思いながら  


私は  リビングのソファーで  ウトウトしてしまった









ハッとして  時計をみると  


9時をまわっているでは   ありませんか






いけないっ!  


わたしは   あわてて玄関に   向かうと




夫の靴が。。









もう帰っていたのね



30年間  お迎えを  欠かしたことがないのに



お父さん、 最後の最後に  ごめんね。。









少し漏れる寝室の   明かりを見つけ



私は


お父さんに    お疲れ様   を言おうと  



ふすまを  開けると










そこには   


全裸に縄で縛られた   夫が木馬に括りつけられて いました






「お~い、好きにしてくれ。。。」









わたしは  涙が止まりませんでした



ずっと、ずっと我慢してたのね   お父さん。。







わたしは、 脱ぎ捨てられた  夫のズボンから



ベルトを抜いて  夫の背中を   一心不乱に叩きました








「こう! こうなの!?   こうなの、お父さん!!」








夫は身悶えながら   この30年間見せたことのない   笑顔でニコッと



笑いました











しばらくすると





夫も私も   疲れ果てて


息遣いだけが  寝室に響くと








夫は  一呼吸  間を置いて  こう言いました


「ぉ~ぃ、飯にしてくれ・・」






わたしは、涙を拭いながら  


「はい。」と  言うと   台所へ向かい


夕食(ゆうげ)の支度をはじめた








お父さん、これからは 新しい生活が始まるのね



わたしは 夫の新たな可能性に  胸が高鳴っていた








                                   ※短編小説『定年退職~解き放たれた夫~』

                                            より一部抜粋