「ある日 蝶蝶になって



ある日 海をゆく



ある日 君と出会って



ある日 愛を知る



お願いがあるんだ



さよならの季節



神様 夢を



夢を見せておくれ



幻でもいい



目覚めの朝



遥か 夢で会えるね」







おはようございます、崇司です。




皆さんも時々、

睡眠中に夢をみることがあると思います




例えば、すごく楽しい夢

夢の中で幸せな自分がいる



そんなときの

起きてしまった時の

あのがっかり感




期待してもう一度寝てみるけど

もうその夢の続きは見れない




そんな経験ありますよね?

夢が現実だったらよかったのにって!






大昔の中国に胡蝶の夢という

荘子というの人の話があります





荘子は夢の中で蝶になって

ひらひらと楽しく飛んでいました





はっと目が覚めた時





はたして自分は

自分が蝶になった夢をみていたのか?






それとも

今の自分の方こそが

蝶が見ている夢なのか?






どっちが本来の自分の姿なのか

わからなくなった





という話です






例えば、このバクチクの詞






私たちは

自分が蝶になって

海を自由に飛んでいる

幸せな夢を見たとします





あくまでそれは夢で






現実では

大切な人と出会って

愛を感じ

幸せを感じているとします





でも本当は

それは

逆なのかもしれませんよ







オレやあなたは

実は蝶で





人間になり

大切な人と会う

夢を見ているのだけなのかもしれません







そんな蝶の私たちに

死ぬ時が来て






もう一度

神様に




自分が人間になり

大切な人と会う夢を

再び見せてほしいと頼む







この詞の

目覚めの朝=死なのかもしれません




死ぬ前にもう一度だけ

大切な人と夢で合わせてくれと






しかし

荘子の話しでは

蝶と人間が形の上においては

大きな違いを持ちながら

共に自分であることに変わりはない





万物は絶えることなく変化を遂げるが

本質においては何ら変わりのないと

言ってます






つまり





あなたが

蝶であっても

人間であっても






あなたの

その大切な人を

想う気持ちはに

なんら変わりはない






蝶になって

海を自由に飛ぶ

幸せなあなたも





大切な人と出会って

愛を知る幸せなあなたも

どちらもあなたなのですから






その気持ちは

あなたがどんな姿であろうと

変わらない





その気持ちを大切に

そして

そんな自分を大切に





きっと神様は

願いを叶えてくれるのですから








みなさん、今日もがんばりましょう。


「Solaris」より



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