4月の第3週、この週は月曜日から黄砂が飛来し 徐々に体調が崩れ始め 14日には喉の違和感や鼻水がで始めた頃です。
この週から連れ合いは海外出張で娘と二人、急ぎ仕事もあり また週末にはスタジオでの撮影会もありました。
充実した週になるはずでした、M6.5の揺れにあったものの被害はなく 後は余震を乗り切ればと考えていました。
体が怠いなキツイなと思いながらも納品を急ぐ仕事と撮影会の準備をと思っていた矢先、16日、午前1:25 14日よりも長く、大きな揺れをベットの中で受け 娘をどうしようと考え始めました。
もし、福岡でおきた西方沖地震のように建物が壊れたら避難所に連れて行く手段は、食料は、薬は、2011年福島の震災後様々な防災具や備蓄の食料、水を揃えました。
夜が明けそれらを点検し、5年の賞味期限が3/7で切れていた保存水を見つけました。
天災は忘れた頃にやって来る その例え通りに 心を見透かしたよう。
テレビやツイッターに流れる情報は日に日に悲惨な状況が繰り返されます。その画に心を傷め、体も一層だるくなります、ふと熱を測ってみると39度 こんな時にインフルエンザ?
今の娘には私しか頼るものはありません、倒れている場合ではありません。急ぎ近所の病院に行って検査をしますが早すぎるのか陰性のまま。
解熱剤や抗生剤を処方してもらい 様子を見る事にしました、次の日も39度の熱に再度検査を受けましたがやはり陰性。
薬も効かないまま、ますます動けなくなるのに余震は次から次に やってきます、横になっていても絶えず揺れているような錯覚に 今のは夢?現?
熱のためにおかしくなったのか、本当の地震なのかさえ分からない状況です。
震源地には知り合いも、仕事関係の方もいらっしゃる そこに気を回すゆとりも無い自分に情けない気持ちになります。
週明けの月曜には連れ合いが戻ってくる、それまでどうにか持ちこたえられればと必死でした。
娘は幸いな事に地震を怖がることもなく、平常心でいてくれます。母が体調を崩している事など理解できるわけでは無いのですが、いつもより聞き分けよく過ごしてくれます、それだけでも大助かりです。
何をする体力も気力も無いけれど横になりながらツイッターで拡散できる 信頼のおける情報をリツイート。今できるのはこれくらいしかないのです。
昨日掛かりつけの病院で、服薬しても治らない症状に再検査やレントゲンを撮りました、たまたま受けていた通常のアレルギー物質の抗体はなく、黄砂に含まれる化学物質やPM2.5などに反応して喘息のような状態になっているようです。
息をするたびに、ゴー、ゼーと気管から雑音が聞こえます。
気管支の炎症を抑える吸引式の薬をだしていただきましたので、効き目が出てくれば 症状は改善されるでしょう。
ここ何日かの生活、それを通して考えました。
チャレンジドを抱える被災地のご家族も
今の私と同じ、いえそれ以上に苦悩されているだろうと感じます。
福岡にいてさえ、辛くどうしようかと悩むのに。
水も食料も十分でなく、生活空間でさえ 非日常の中でご苦労されていることと思います、1日も早く良い環境の中に戻れますようお祈りいたします。
回復したら、私のできることでお手伝いをいたします。
頑張ってとは言えません、耐えられなくなったら誰かに聞いてもらって心を楽になさってください。



