王は1年に1度、西京に巡行していた。
西京をよく治めて高句麗の故地(昔の領土)を取り戻そうという太祖王建の命に従っていた。
仁宗5年の1127年のある日のこと。
王は臣下たちを引き連れて、西京の長楽宮に出向いた。
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「西京の景色はほんとうに素晴らしい」
王がこう言うと、間髪を入れず、僧侶の妙清が言った。
「それではいっそ都を西京に移されてはいかがでしょうか」
風水説が広まっていた高麗において妙清の主張は支持者を集め、金国征伐・西京遷都運動が無視できない勢いを持つようになった。
李資謙の乱(1126年)によって王宮が焼失するなど、王都の開京が荒廃していた。
1127年、妙清は開京の宮廷に赴いて仁宗に接近し、
西京近くの「大花勢」の(風水の勢いが強い)場所に新宮殿を築けば高麗は周辺諸国を支配できるようになると主張した。
当時の宮廷では西京出身の国粋主義的な国学派貴族と開京に本拠を置く保守的な漢学派貴族が対立していた。
その文臣たちの中でも、金富軾と鄭知常の勢力がもっと大きいものでした。
ところが、この二人の仲はとても悪かった。
金富軾は開京の貴族出身で、鄭知常は、西京の貧しい学者の出身。
その上、学問の深さも互いに雌雄を決するのが難しいほどでした。
金富軾は後日、仁宗23年の1145年に『三国史記』という歴史の本50巻を著す立派な業績を残しました。
この本には、高句麗、百済、新羅の歴史が記録されています。
この本は、それから100余年後の忠烈王(在位1275-1308)の代に僧の一然が著した『三国遺事』とともに、今日まで貴重な歴史の資料となっています。
鄭知常は金富軾のように、顕著な業績を残すことはできませんでした。
しかし、彼は優れた詩人でした。その当時、高麗では彼の文章に匹敵する人はいませんでした。
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左:鄭知常(西京派) 右:金富軾
鄭知常は妙清らとともに、都を西京へ移そうと主張した。
仁宗は開京貴族に対して、李資謙の乱を防げず王権を防ぐ力が衰えた集団であると考えるようになっていた。
次第に西京派へ傾いた。
この時、西京には王の命により、すでに王宮を建てる工事がはじまっていた。
今や、都を移すという決定を下すだけだったところを、金富軾は王のもとを訪ね、遷都を反対した。
「国王、現在、人々の暮らしが一番苦しい時です。こんな時に王宮を建てれば、人々の恨みが高まります。
その上、西京はオランケに近く、危険な場所です」
仁宗は金富軾のそうした意見を聞くふりだけした。
金富軾と鄭知常の溝は深まっていった。
中国では1126年に靖康の変で宋が金に敗れ華北を失い、高麗は1128年に金に入貢するようになる。。。
靖康の変(1127年に金(女真族)が北宋の首都開封を陥落させ、徽宗・欽宗(きんそう)両皇帝や皇族・官僚らを捕らえ、北へ連行した事件)
仁宗は自ら西京に赴き、妙清が大花勢の地だと勧める場所(平安南道大同郡斧山面南宮里)を見て
1128年11月に新宮殿建設を命じた。
1129年、西京に大化宮が完成すると、仁宗はしばらくそこに留まった。
1130年に西京中興寺の塔が燃えた
1132年には仁宗が西京に行ってくる途中で暴雨に遭う。
お寺の塔が燃えたということは、きっと天の怒りだ。
「妙清は西京遷都がすべての問題を解決すると言ったが、むしろ悪いことが度々起きています。 妙清を罰せねば」
ついに朝廷は、妙清が率いる西京勢力と金富軾が率いる開京勢力に分かれ、熾烈な争いが起きた。
妙清は自分の地位を固めるために仁宗に西京行幸を勧めていたが、大臣たちの反対で仁宗は西京に行くことができなかった。
妙清は国王の前に出て、高麗でも国王を皇帝と呼び、元号も高麗独自のものを作ろうと主張した。
ついに、西京の王宮がほぼ完成しました。王宮の名前は大花宮と名付けられました。
「都を西京へ移すということか」「それはほんとうなのか」「王様はもうすでに西京へ巡行されたんだよ」
「開京の人たちはこれからは冷遇されるだろうな」
人々は、何人か集まると、誰かれとなく、ひそひそと囁きました。
こうした社会的雰囲気のなかで、仁宗は大花宮の玉座に座りました。
「王宮を建てるのに、西京の人々は大変な苦労をした。彼らからは今後1年間、税金を取り立てないようにしなさい」
この時、妙清は王の前に進んで、言いました。「このように大花宮も完成したことですから、早く西京へ都を移せばい
かがでしょう。そして、今からは宋や金のように、我われも王様を皇帝と呼ぶようにしましょう。また、元号を金のものを使うのをやめて、我が高麗の独自の年号を作って使うようにしてはいか
がですか」
「予が皇帝だと?」
「そうであります。オランケの類いも皇帝と呼んでいるではありませんか。我われもそのように呼ばなくてはなりません」
それまで高麗は、金の干渉を受けねばなりませんでした。彼らの機嫌を損ねたならば、いつまた、軍を率いて侵略してくるかわからない
からでした。それで、朝鮮ではそれまで王を皇帝と呼ぶことができませんでした。年号も金のものを使ってきました。
高麗が王を皇帝と呼び、自分たちの元号を使用しようとするのは、隣国と堂々と肩を並べようということでした。仁宗にとってこのよう
に、堂々と自分の主張を述べる臣下がいるということは、とても満足すべきことでした。
「それはほんとうにいい考えだ。都を移すとともに、それをもう少し考えてみることにしたい」
仁宗は大花宮を出て、再び開京へ帰ってきました。すると、今度は金富軾、任元厚らが上奏文を差し出しました。「妙清とその一味が国の秩序を乱しています。早く彼らの首をはねて下さい」
一方、西京にいる妙清は自分に従う趙匡、柳泉、趙昌言らを呼び集めました。
「今、朝廷では我われを殺そうと謀議しておる」
「我われが一体何をしたというのか」
「都を移し、国の空気を一新しようとするのも罪になるのか」
彼らの話をきいてから、妙清が重い口を開けました。
「いっそのこと我われだけで新しい国を建ててはどうかね」
こうして妙清は、西京に新しい国を建てました。
この国の名前が「大為国」で、元号は「天開」としました。
仁宗13年の1135年正月、妙清は、西京に大為国という国を建てて、朝廷に対抗した。
「中国の顔色ばかり窺っている腐りきった朝廷を捨て、堂々と我が民族の意志を掲げた確固とした国を建てよう」
この知らせを聞いた仁宗は、金富軾を呼んで、西京の反乱軍を撃つように命じました。国王の命を受けた金富軾は腹の中で、「してやったり」と思いました。
「今こそやつらに見せしめをするぞ」
金富軾は西京に発つ前に、王に言いました。
「王様、朝廷の中に、妙清の一味と内通するものがいます。まず、彼らを亡き者にするよう命じてください」
反乱の知らせに驚いた国王は、無条件で金富軾にすべての権限を与えました。
「その事も卿がよきに計らうがよい」
金富軾は、鄭知常、金安など、妙清と親しい大臣をことごとく殺しました。
開京派と金富軾が率いる官軍。
金富軾が率いる官軍と、西京の反乱軍との間で大きな戦いになった。
反乱軍の抵抗が強く、妙清の建てた大為国に忠誠を尽くそうとする人々の数がことの他多かった。
金富軾は西京の人々の心を自分たちの方へ引き戻すために、城内に張り紙をしました。
「お前たちは皆、高麗の民だ。誰でも妙清の首をはねてきたものには褒美をつかわそう」
金富軾は反乱軍を率いている趙匡に降伏を勧めた。
趙匡は剣を抜いたまま、妙清のいる陣幕の中に入っていくと、妙清の首をはねた。
趙光は降伏を決心し、妙清、柳潭などの首を切り、尹添をさせて開京に送った。
★趙匡ちょがん
高麗前期に分祀侍郎として、妙清、劉참らと西京で反乱を起こした首謀者。
1135年に分社侍郎として妙清·柳参などとともに西京を根拠に反乱を起こした。
しかし、討伐に来た金富軾が送った祖遺文を受け取り、むしろ妙清などを惨殺した後、妙清の首を分祀大夫経(尹瞻)などをさせて開京に送り降伏を要請した。
尹瞻などが投獄されたという噂があると、再び西京の人々を率いて反乱を起こしたが、金富軾によって西京が陥落すると、自身は分死し、妻子は東北帝城の奴婢になった。
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ところが、開京に到着したユンチョムが獄に閉じ込められると、趙匡は降伏しても無駄だということに気づく。
それで最後まで戦うことに心を変えました.
趙匡は、残った軍隊を一か所に集めました。
しかし、官軍を相手に戦うには数があまりにも少なかったのです。趙匡は人々を集めて叫びました。
「高麗軍は大為国の民を騙した。 妙清と柳泉の首を送ったのに、城を攻撃しているではないか。我われは降伏しても生きて残ることはできない。戦って勝つしか生きる道は残っていないのだ!」
趙匡のこの檄を聞いて、西京の人々は老いも若きも戦場へ駆け、政府軍と反乱軍の間で戦争が始まりました。
趙光の反乱軍は大同江に沿って1,170間に及ぶ城を築き、対抗しました。
しかし、官軍に完全に包囲され、金富軾は官軍に総攻撃の命令を下した。
寒さと飢えに打ちひしがれた反乱軍は、ろくに戦うこともできずに崩れた。
趙匡は、事態が不利になり、自分の家に駆け家に火をつけ、家族とともに焼け死んだ。
食糧が底をつき、飢え死にする人が増えると、反乱軍は1年で崩れていった。
1136年2月。
妙清の乱はこのようにして終わりを告げた。

高麗の朝廷で西京勢力は完全に崩壊した。
仏教の勢力もかなり力を失った。。
逆に、金富軾をはじめとする開京の文臣貴族たちがすべての権力を手にするようになった。
開京の文臣たちが権力を握ると、武臣を見下す風潮が生まれました。
これは後日、武臣の乱が起こる火種になった。
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