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光州の『ジェボンロ』の由来となった高慶明
高慶明(1533〜1592)は、60歳で義兵を立ち上げた義兵長で、光州南区の押村洞で生まれた。
20代で科挙に合格した後、いくつかの官職を辞めて故郷に留まっていたとき、壬辰倭乱が起こった。
私は一生文章を書いてきたが、じっとしていられなかった。
日本軍と戦うために戦場に出ることを決心したんだ。
全羅南道の潭陽で義兵を募集したところ、わずか30日で6700人以上の義兵が集まった。
私は日本軍が忠清南道の金山を占領し、すぐに湖南に侵攻するという計画を聞いた。
日本軍が湖南へ入らないようにするには、金山を取り戻さなければならない! 私は義兵を率いて金山へ行った。 その時、私の年齢は60歳で、若者に劣らない情熱で日本軍と戦った。
しかし、金山で激しい戦闘を繰り広げているうちに、命を落としてしまった。
戦いには負けたが、私は義兵活動に大きな影響を与えた。 年を取っても勇敢に戦う自分の姿に感動し、より多くの人が義兵になろうと立ち上がったんだね。 現在、光州南区には私と息子たち、そして共に義兵として活動したユパンロ、アンヨンを祀る祠『ポチュンサ』がある。
光州駅から南光州駅を結ぶ道路「ジェボンロ」は、私の号*ジェボンにちなんで名付けられた道だ





