江原道の歴史
江原道は朝鮮半島の中間地域の東側に位置しています。 早くから人が住んでいた場所で、高句麗時代にはイェメク族が住んでいました。 イェメク族は「オクジョ」と「ドンイェ」という国を建てました。 三国時代初期には、一部の地域が百済の影響を受けていました。 広開土大王の時代に高句麗に征服され、新羅の真興王の時代から新羅の領土となりました。 '江原道'と呼ばれるのは朝鮮時代からです。 当時、この地域を代表する都市であった江陵と原州の頭文字を取って江原道と呼ばれるようになりました。 国が南北に分かれ、一部は韓国に、一部は北朝鮮に属することになりました。
江原道の自然面積の80%以上が山と森です。北爆から南へは太白山脈が伸びています。 金長:雪岳山、五台山、太白山、チアク山など有名な山があります。 金剛山は北朝鮮に属する場所なので、今は行くことができません。 江原道は、韓国を代表する大きな川である南漢江、北漢江、洛東江が流れ始める場所でもあります。 江原道の東側は海岸線に沿って東海と接しており、海水のオクジャンが多く、美しい自然がきれいに保存されていて、ツキノワグマやタンチョウなどの天然記念物の動物が生息しています。
江原道の文化遺産
江原道を代表する文化遺産には、五台山の上院寺の銅鐘、月精寺の八角九層石塔、清平寺の回転扉などがあります。 五台山の上院寺の銅鐘は、韓国で最も古く、独自の特徴を持つ鐘で、国宝第36号です。 月精寺の八角九層石塔は、当時の仏教文化の華やかな美しさを示す古代の代表的な作品です。 清平寺の回転門には、王女を愛して死んで蛇になった青年に関する伝説が伝えられています。 そのほかにも、義湘大師が建てた洛山寺や、申師任堂と李珥が生まれたオジュクホンも有名です。 伝統祭りの江陵端午祭や民謡の正善アリランも、我が国の無形文化財です。
