日本史概論と東洋学特講を終えて。
大正末期から昭和初期。
大正デモクラシーの風潮は吉野作造の民本主義によってより熱が高くなった。
そんなときに『創価教育学体系』が発刊されている。
社会主義、マルクスの思想と天皇を主観とした日本主義が渦巻き、国家神道は1868年から戦後まで続くことになる。
私は宗教の話をしたいのではない。
この時に叫んだ勇気、しかも右でも左でもない新しい教育思想なのだ。
濱口雄幸殺害のYouTube
思想は読む側の姿勢が何よりも重要で簡単に開いてはいけないドアだと私は思っている。
戦後、国家神道から解放された『日本人は何を思ったのだろうか』亡き祖父母に聞いておきたかったことの一つだ。
GHQの民主化はあまりにも日本人のアイデンティティを消し去ってしまったように思う。
この時代に生まれていない私はなおさら、日本人の心というものの価値、何のための風習でどうして存在するのかを教わってこなかった私は35年もの間、途方に暮れていた。
2世とか3世とか。
私という人間に向き合って初めて自分というものを知った。
だから生きようと思った。
今日の新聞は、当時の人々に触れる内容だったので、ここに記しておく。









