ちゃお時代の恩人の編集者さんが、作年お亡くなりだったと
その奥様からのハガキが届いて初めて知りました。
一年経ってから、お知らせした、とのこと。
ああ。。
あの頃、20歳だった私。
漫画家になったばかり、荒海に自分の名前の書かれた板切れにつかまり
流されているような、そんな気持ちでした。
いつも大波に揉まれる夢ばかり見ました。
精神はいつも不安定でした。
20代前半なんて、だれしもそんなものでしょう???
その編集者S氏に「アンタは人情噺を描け」と言われました。
「人情噺」ってなに????20歳そこそこの小娘です、
なにがわかるというの?
「フーテンの寅、男はつらいよ」みたいな作品を描け!!
と、言われましても・・・・・ねえ。
でもねえ、長い間、長い間、ほんとになが〜〜い間、漫画を描き続けました。
「人情」って、多少はわかったのかも知れない。
いまだわかってないのかも知れない。
でも描き続けてます。編集者Sさん。
一月に描いた新作のネット配信は ちゃおサイトからも発信されるようです。
こんな高齢漫画家のアナログ新作が、古巣のちゃおサイトから 発信されるなんて。
Sさん、あなたに1番に知らせたかった。
ちゃおを創刊させ、のちのち大きな雑誌にしていった小学館のSさんに。
あなたが師匠だった。