提供できることを提供することに

損得勘定が脳裏に過ぎることは

残念

 

金銭的なことも

感情的なことも

 

お母さんが子供にしてあげることも

 

困ってる人に手を差し伸べることも

 

技術を持っている人も

 

余裕のある人も

 

興味があるから提供するのか

愛情があるから提供するのか

 

それとも

何かが返ってくるからか

 

ボランティアというエリアではなく

 

確かに

お金に変わってることもあるけれど

 

それでやってるか?

っと

問いかけられそうではないことなんて

ある

はず

 

そこに

やることの意味を考えないでやるとすれば

やりたいから

 

だとすれば

興味がなければやらないんのか

得がなければ

やらないのか

 

困っている人

頑張ろうと言う人

 

助けられる力を持っていると言うことだけで

やれないもんなのか

もちろん技術を無料配布すると

言っているのではなく

人を助ける力

 

「私にはできないけど

人探して紹介してあげるから」

 

っという

言葉が気持ちが出る人

 

こうやって提供するものも

あるのではないかな

 

提供するものを全て

損得勘定で出す

 

難しい

技術は確かに金額

しかし

どこからが技術なのかというところ

 

究極

だから損得勘定なんだろう

 

だけどな〜〜

 

っと

自問自答しながら

自分がそうなってはいけないな

っと思うネタにさえなれば

いいか

 

いや違う

 

きっと気付いてないだけだから

あたしが生きてるうちに

気づけたらいいなと

作戦を変えることにした

 

力を持ってるのに

 

損得勘定ではなく

発揮できたら

きっといいのに

 

逆にいえば

損得勘定で動いてない人が

周りにいっぱいいすぎなんだ

 

『幸せ」』

っと書きながら

気付いた