数年前にキッザニアに二人の子供を連れて

名古屋からやったきた

一門の弟子

 

そう

今から20年前は弟子制度というものがあったので

我々30代から50代に

巡り合った大人の生徒さんには

番号と名前があった

 

彼女にも名前があった

 

隔週で名古屋から神戸まで

レッスンに通っていた

 

彼女にももちろん勢いがあるから

通うことになんの苦痛を見せることもなかったので

 

この距離感は感じなかった

 

そう

GO TOとかいうものを

絶対使ってやろうと思って

近いからず遠からずの

名古屋に行ってみよう

娘が友達に会うのもあって

 

名古屋といえば

という彼女に会いに行った

この距離レッスン通っていたのか〜

遠いやん

 

そういえば

名古屋の結婚式というのにも

彼女のおかげで初体験したな

 

そして

月日は流れていた

 

キッザニアに

っと子連れで神戸にきた時点で

離婚調停に入り親権を取るための

大変な時期だった

 

もちろん離婚なんて

いろんな人間の組み合わせがあるように

いろんな理由がある

 

しなくていいならする必要のない

しんどさ

 

それでも

結婚を続けるより

楽になるなら

やるべきことなんだろう

 

一方からの理由とはいえ

やってられないそんな結婚生活

お見合いだったから

始まりから知っていたけど

人生何が起こるかわからない

 

名古屋駅まで車で迎えにきてくれて

駐車場から

出るまでのそんなに長くない時間の間に

 

キッザニアにきた子供達も

大きくなって

提出物出さなくて

担任から注意され受験が大変なんだ

と、あるあるの中三娘になり

下の気の弱い息子も中一になり

ずいぶん手はかからなくなりました〜

っと弾丸でおしゃべりが弾む

はずが

 

車が地下から上がって行く前に

「妹が8月に亡くなったんです」

っと言われ

うなずく頭が止まった

 

神戸の一門ライブにも

遊びに来てくれた妹さんで

とても

彼女と仲がよかった印象

 

車が路上に出た頃には

その妹の子供二人をかかえ

亡くなったあとのいろんな手続きが

あまりにも大変でと

 

亡くなった妹さんも

離婚していたので

姪っ子甥っ子達の今後を考え

 

どんな病状だったかと

闘病生活と

その間の妹とのやりとり

 

仲良しでなんでも話あってるつもりが

そうではなかったのかなっと

彼女が思うところを

 

終わったこととして話していた

 

名古屋名物

ひつまぶしの食べ方を

初体験の私に笑いながら教えてくれて

そうやって

笑うことを忘れてるわけではないんだろうけど

 

だんだん笑えるようになるんだろうか

話の内容があまりにも濃すぎて

 

子供が四人になり

仕事も

コロナで大変らしいけれど

彼女の武器は

おしゃべりだ

看護助手をする彼女は

どんな患者さんにも

対応できる

 

その武器で

子供たちが自立するまでは頑張るだろう

 

ピアノも

弾きたいんですって

亡くなった妹さんの車から

流れてくるレッドガーランドが

彼女のこの10年分のBGMになってた

 

たまたま会いに行っただけで

このタイミングで何もしてあげられることなんて

ないけど

次に会った時に

一生懸命話してくれたこの時間の流れを

知っている上で

また彼女の話を聞いてあげよう

 

おしゃべりであってくれることが

嬉しかった

 

ピアノが弾ける時が来るまで

待ってるね