日本に帰る前の用事として、先日初めて息子の専門大学に行ってきた。
明洞のすぐ横に位置する大学で、ちょうど卒業制作の時期だったせいか学生たちが
物を運んでいたりして忙しそうだった。
いろいろな事情で退学届けを出しに行くことになったのだけれど、親として学問に精を出すことができる環境をあげることができなかったことも大きいと思った。
私がバリバリと働いておこずかいを困らない程度にあげることができなかった。
死なないで毎日生きていくことだけでやっとなのは今もそうだけれど、元気に動いている親と
寝ている親と比べれば答えを出すこともないだろう。
だけども死なないで生きることが、毎日の目標だ。それぐらいしかできないから。
友達とサンゲタンを食べながら、子供たちの服を寒くないように買ってあげられるようにしている、という会話でふと、娘にジャンパーを買ってあげたのはいつだったろうと思った。
ソウルの冬は零下に下がるため、ダウンジャンパーは必需品なのだが、
息子には中学生の時にブランドのあるジャンパーを買ってあげて、その高さにぞっとしたのを今でも記憶があるけれど、娘にはそういえば買ってあげてなかったかも。
そして時間を見て、娘のアルバイトの書類に必要な保健カードを申請しに、保健所に一緒に行ってから
近くのモールに寄ってダウンジャンパーを買った。
これで冬の準備はできた。。
別の友達とソウルに帰国してすぐに頼まれごとを受けて、
それが結構その時の体調と精神的にしんどく、内容的にも友達の友達に関することだったので
なんで私が??という思いがあったのだが、結論的にその頼まれごとを済まし
その週にランチの約束を私はキャンセルした。連日の外出にしんどかったからだった。
その後、友達からのメールでは大変だったし理解する、ごめんという謝罪があってランチの約束はそれから
2週間後になった。
合計3人で会ったのだが、その謝罪してきた友達の様子がおかしかった。
私の顔を見ない。 その後、体調は大丈夫なの?と言ってきたけれどなんとなく心ここにあらず。
もしかしたら私がすねた(キレた)ことで気分をずっと害している??
今までその友達と大きくけんかしたこともない。
私の病気のことから家庭の事情まで知っている人の中のひとりだ。
本人だって旅行なのででかけると、数日間体がしんどいと言っていたから、日本からソウルに帰ってきた直後のつらさは想像できるのではと思っていたけれど。。
先日、電話をかけてみた。
来週かえることを口頭で伝えようと思って。
電話はすれ違い、その夜にメールを送った。 普段なら来るはずの返事がなかった。
無視されているような気がした。
どうしよう、このまま日本に帰ったら何か誤解?解けない毛糸の玉になったまま過ごさないといけないのかなと思って、もう一度勇気を出して電話をしてみた。
緊張していると、電話がつながった。 どしたの なんか用? 来週日本に帰るんだって?と話してきた。
風邪をひいてるみたいで大丈夫なの、忙しかったの?と聞き返すと、だいぶんよくなったが忙しかったと言っていた。
そしてすこしだけ話をしてから、約1か月前の私の気持ちを話した。
ソウルに帰ってきてすぐにいろいろ頼まれたから実はすごく大変だったし、くやしかったと。
私よりも別の友達の状況を優先することが悲しかったんだと話した。
すると、 そうだろうと思ってた、との少し冷たい反応。
でも急用を優先させるのが当たり前だから、それで助けて助けられるんじゃないのと言ってから
あんたは子供っぽいよと言われた。
それは当たってるのかもしれない。でも、今までほとんどその友達に何かのことで立てを突いたり
怒らせるようなことはしてこなかったつもりだったし、今回私がすねた態度を示したのも
殆ど初めてだったかもしれない。
その感情と出来事が、急に今までの関係を別の方向に曲げた気がした。
言葉では風邪にきをつけて日本に帰りな、と話していたけれどほかの人が言うような当然のような
(今度はいつ帰って来るの?)という質問はなかった。
ただ、しなかっただけかもしれないけれど、、、気になると気になりだす。
ああ、この人も結局 関係が変わるか終わっていくのだろうか、という予感にどうしても打ち勝つことができないでいる。
人の心は急に変わる。
だから怖い。
変わった心をもとに戻すことはなかなか難しい。
寂しい。














