またまた久しぶりの投稿になった。
今日は3.11の特集を日本に居ながら初めて見ることができた。
いろんな観点から視線から、立場からの今日のこの日は紛れもなく多くの人の人生を急激に変えてしまったというのは間違いはないだろう。
8年前のことを、私の地元に居た人が少しだけ語ってくれた。とにかくずっと揺れていて大変だったと。
私も当時のことを初めて日本の地に来て話をすることができた。
ソウルで仕事をしていながら感じていた疎外感。
何度も何度も垂れ流しをされるニュースの映像を見るたびに立ち止まり、立ち尽くしていた。
周りは同じ生きている人間なのに、なぜか他人事であんなに大変なことがあった後でも笑いあったり
お酒を飲んでいたり、ましてや自分の実家に被害がなかったからそれでいいじゃんとも言われた。
この憂鬱を分かり合える人はいないんじゃないかと思っていた、あの時。
先週の教会の礼拝の最後に牧師先生が祈られた一言、3月はとても傷の多い月です、、という言葉が
なぜかは分からないけれど今まで心にあった震災の日のトゲのようなものが、やっと外れた気がした。
疎外感の中でもがいて苦しんでいた恨みのようなものが、楽になった気がした。
今、日本の地で韓国の牧師先生が当時も日本に住んでおられて感じてきたりボランティアを自らされる中で出る祈りの言葉に、私の心は報われたのだと思う。
まだまだ地元の人の生活はきついだろうし、なくされた喪失感は消えないかもしれない。
だけれど泣いてもいいから、逃げててもいいから、まだ生きる希望なんてないと言ってもいいから
今日を生きてほしいです。
追伸
明日から9日ほど、ソウルに急に行くことになりました。何度乗っても飛行機は怖いし大いなるストレスには変わらない、できればたまーに行くだけに勘弁してほしいけど。
行ってきます。


