2001年の昨晩の夜10時前後でした。ニューヨークで9.11が起こりました。
2001年9月1日。
覚えてますか〜
私は主人とCNNを見ていて、1回目は「なんでこんな事故が」と思いましたが、2回目は本当に怖かったです。
「逃げて〜」とテレビ越しに祈り続けました。
ブッシュが「クルセード」とか言って私は慌てたのも覚えています。
テロでしょ、これはテロ、と。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。
それより前。
オウム心理教による地下鉄サリン事件を覚えてますか?
1995年3月20日、8時頃です。
震撼させられる事件でした。
平穏ないつもと変わらない1日が始まるはずだった朝地下鉄の車内でサリンガスをまき死者14人、およそ6300人もが被害に遭ったテロ事件です。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。
その一ヶ月ぐらいあと、オウム真理教の村井秀夫刺殺事件が青山の本部前で起こりました。
その日、私は隣のおばちゃんが具合が悪く救急で広◯病院に連れていったのですが、空はヘリコプターで埋め尽くされまだニュースを見ていなかったけれど、何か起きたことはすぐわかりました。
本当にすごい量のヘリコプターでした。
関係ないけど、その後私はその南青山の総本部近くに引っ越したのですが、タクシーに乗って、自宅までお願いすると決まって「あ、元オウムね」と言われたものでした。
なんか住んでるところをその様に言われるはあまり気持ちの良いものではなかったのですが、色々説明するより「元オウムまで」と言った方が伝わることもありました。
今の運転手さんはわかるかなぁー?
そのあと、第七サティアン、いや第六サティアンだったかな、松本死刑囚を捕まえに行く時もすごかったです。
ガスに敏感なカナリアさんを連れて行くという、前代未聞の一斉捜索でした。
覚えてますよね〜。
そんな事件だけでなく、今では当たり前で、ない生活はありえないけれど、PC登場、携帯登場もこの世界を大きく変えましたね。
主人は最初ポケットベルを持たされていたけど、携帯セルラーフォンはうちは事業を始める関係で1990年はじめに持ち始めたけれど、最初に買ったやつは大久保通りから少し入った小道にあったうちのアパートでは電波が届かずだったり。
電話しに大久保通りまで出る、って今はお笑いですよね。
初めてのアップルコンピュータもこの頃、主人が勝手に買ってきて、でもモニターが別売りで、それを買うお金がなくって大変だったなー。
私は添乗員の仕事をしていたので、全然そういう知識がなく、モニターのことは上のやつ(下のやつはコンピュータ本体)と呼んでいました(笑)
あと、懐かしい、通信ではニフティ。
なんのことかは知らねども、主人が絶対必要なんだー、と言い出し、それを買いに、新宿の本屋さんに行ったんですよ、本屋さん!
ピポパピポピー、ピーピーピー。なんとも懐かしい。
あ、こんなこと書き出したらとまらない。
そうそう、カーナビはね、主人も翻訳に関わっていたんだけれど、私はこんなもんが使える様になるとは思いもしなかったなぁー。
今、カーナビも必須ですよね。
よくも悪しくも時代は確実にこの辺で大きく変わりましたね。
若者に
「まえかけ」「敷布」「えもんかけ」知ってる?
とかよく偉そうに聞いて遊んだけど(ちっとも偉くないっての)
オウム事件も9.11でさえも「私は話では聞きましたけど、よくわかりません」って。
そうだよねー。もう何十年も前のことなんだもんね〜
「じゃあバブル崩壊は?」とある女の子に聞いた時の返事が。
「知ってます、それは私が初めて見たニュースです。だから私は母よりずっとしっかりしてるんだと思います。
母なんて、じゃぶじゃぶお洋服とか買うけど、それは彼女(お母様のこと)はバブルの時代の人間だからだと思います」
うぅ〜〜〜〜〜、確かにお母様と私は同世代。耳が痛い。
ちなみにその子、30代でこのご近所に1件、アメリカに2件の不動産を既にもっています。
はあ、腰が痛い。
急にここで終わりです。
すみません。
ほら、特に今何もしてないので、新しいニュースないんです。
お許しを。
