2月14日のバレンタインデーに義父が他界した。
最期まで立派な義父だった。
義父は空軍のパイロットで、軍人の会、CAFのオークランド支部の「WING」のメンバーだったから、亡くなった後、主人と主人の妹、そして私の3人で会合に参加した。
そのとき、メンバーの一人からあることを頼まれた。
ガダルカナルの戦地で日本人兵士の遺品を拾った。
それをずーっと預かっているが、できればご家族の元に戻したい。
その遺族を探して欲しい、と。
遺品は裏に名前の書かれた写真3枚と通帳らしきもの、そして神社のお守り。
写真やその裏書きを見て、その綺麗な筆跡や近所の人らしき集まりの光景に心が重くなる。
「やってみます。」そう答えて、写真のコピーを持って帰ってきた。
これも何かの縁だ、義父のためにも、また戦争に行った父のためにも、戦地で命を落した兵士のためにも。
でも、どうやって?
良ーく見ると微かに住所らしき文字が。
長野県上田市と。
誰の名前かは分からないけれど、XXX、と読める文字。
それで上田市役所に先ずは聞いてみた。
すると、その電話に出てくださった担当の方がとっても親切で、遺族会や色々、あたってださり、何と何十年も見つけようのなかったご遺族があれよあれよと分かったのだ。
戦士された方は結婚していなかったので、甥御さんが遺族会のメンバーだったが、甥御さんにもすんなり連絡がとれ、遺品も色々な人の優しさと思いを経ていよいよ私の元に届いた。
ところが、その甥御さんが病気になってしまい、私にしばらく預かって欲しいと。
今日も電話してみたけれどお留守。
今、甥御さんが良くなることをお祈りすると同時に、大切な遺品を無事にお返し出来ることを切に願っているわけなのです。

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義父の若いとき

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91才のメモリアルデー